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―閑話 受け継がれしもの4―

 公演も終わり、観客も(まば)らに減り始めた客席の中で、シグルーンは焦っていた。

 フラウヒルデとアイゼルンデは、まだ発見できていない。

 数千人という人数が集まっていると、魔法に頼ったとしてもたった2人の子供の居場所を特定することは難しかった。


 ならば会場の出口で待っていれば出会えるかと思っていたが、待てども待てども、子供達は出てこない。

 客席の方に戻ってみても、子供達の姿は何処にも無かった。


(まさか誘拐された……!?)


 そんな想像を巡らせて、シグルーンは顔を青く染めた。




 シグルーンが会場の出口で子供達を待っていた頃、2人の少女は全く反対の方向へと興奮冷めやらぬ様子で歩いていた。


「はあ~、今まで生きてきた中で1番楽しかった」


 普段は感情を(あら)わにすることがあまりないフラウヒルデが、満面の笑みを浮かべていた。


「本当に……!」


 アイゼルンデも大きく(うなづ)く。

 目は感動からか、わずかに潤んでいた。


「ねえ、フラウ。

 舞台裏に行ってみましょうか。

 俳優さんから、サインを貰えるかもしれないわよ?」


「うむ、そうだな。

 わたしもあの侍達の、華麗な剣舞に興味がある。

 実戦的ではないが、習えるものなら習いたいものだ」


 はしゃいだ2人は、舞台裏へと向かった。


 だが、いざ舞台裏へ行ってみると、2人の高揚した気分はあっさりと冷めてしまった。

 物陰から遠巻きに俳優達を観察してみると、客席から見た時ほどの魅力は感じなかった。

 こころなしか皆の人相が悪いように見えたのだ。

 それどころか、大道具係などの直接舞台に上がらないような者達に至っては、野党の如き風貌の者さえいる。


「な……なんだか、想像していたのと随分違いますわね……」


 アイゼルンデの顔に脅えの色が浮かぶ。

 最早俳優からサインを貰おうなどという気持ちは、とっくに吹き飛んでいた。


「ねぇ、フラウ。

 帰りましょうよ……」


「いや、待て。

 やつらが何か話している」


 フラウヒルデが耳を澄ませてみると、劇団員達の会話が聞こえてくる。

 まるで酔っぱらい達が喋っているかのような、下卑た雰囲気の会話だった。


「あ~、今回も大分客が入ったなぁ。

 かなり、稼いだんじゃないか?」


「まだまださぁ。

 もう一稼ぎしなきゃならないんだからな」


「クックック……違いない」


 そして劇団員達は一斉に笑い声を上げた。


「? アイゼ、劇の公演は今日までのはずだよな?」


「そのはずだけど……。

 そんなことよりも、早く帰りましょうよ」


 しかしフラウヒルデは、身を潜めていた物陰から出て、劇団員達へ近づいてゆく。


「ちょっ、ちょっとフラウ!?」


 仕方無しにアイゼルンデは、フラウヒルデの後を追う。


「なんだこのガキ?」


 劇団員達の顔に(いぶか)しげな表情が浮かんだ。

 着物に身を包んだフラウヒルデを見て、「こんな子役、うちの劇団にいたか?」と、つい思ってしまった者がいたのも無理はない。


「あ、あの、わたくし達、俳優の方にサインを頂きたくて!」


「なんだ、ファンの子か」


 アイゼルンデが入れたフォローに、劇団員達はあからさまに安堵(あんど)の表情を浮かべる。

 それをフラウヒルデは見逃さなかった。


「あなた方に一つお聞きしたい!」


「……なんだ?」


 子供にしては、随分と威圧的なフラウヒルデの眼光を受けて、劇団員達はわずかに(ひる)んだ様子だった。


「あなた方は先程、もう一稼ぎしなくてはならない、と言っていたが、今日が公演最終日のはず。

 一体何をして稼ぐつもりなのですか?」


「あ、ああ、そのことか。

 そりゃあ次の街に行っても頑張らなくちゃなぁ、って意味で……深い意味なんてねぇよ」


 劇団員の1人はそう答えた。

 言い訳として筋が通っているかもしれない。

 しかし、言い訳は結局言い訳だ。

 フラウヒルデは、それで納得などできなかった。


「ここ数日、この城下町で盗賊が頻繁に出没していると聞く」


 そのフラウヒルデの言葉に、劇団員達の顔色が変わった。


「確かに珍しく街に劇団が来たとなれば、他の土地からも多くの見物客が集まってこよう。

 その中に盗賊を生業(なりわい)にしている者が混ざっていても、不思議ではない。

 だから盗賊が出たところで、あえて誰もがその存在を知っている劇団を怪しいと思う者は少ないだろうし、それよりは同じ余所(よそ)者でも、全く得体の知れない者を疑うのが当然だ。

 なるほど、騎士団も盲点を突かれたな」


「…………!」


 フラウヒルデの推理を、劇団員達は誰も否定しなかった。

 彼女の大人顔負けの堂々とした立ち振る舞いを見る限り、普通の子供のようにちょっとやそっとの嘘で誤魔化すことができるような相手ではない──そう悟ったのだろう。


「どうするよ……?」


「こんな子供の言うことを、騎士団が簡単に信じるとは思えんが……。

 もしもの場合もあるしな……」


「どうせ、もうこの王国から出て行くんだ。

 追っ手に追いつかれないほど遠くへ俺達が逃げるまでの間、こいつらの口を塞いでおければいい訳だが……」


 と、劇団員達――もとい、最早自分達の正体を隠そうともしない盗賊達は、フラウヒルデとアイゼルンデの処遇について話し合う。

 彼らが安全を得る為にはまず、このクラサハード王国から脱出する必要があった。


 しかし最も近い国境までは馬の足でも3、4日はかかる。

 それまでの間、自分達が盗賊であることを他者に知られる訳にはいかない。

 もしも知られてしまえば、国境を封鎖されて逃げ道を断たれた上で、騎士団などの追っ手がかけられる。

 この国からの脱出は非常に困難になるだろう。


 そうならない為にも、この2人の子供の口を封じる必要があった。

 しかし、このアースガルに土地勘の無い彼らには、子供達を何処かに閉じこめようにも、適当な場所が分からなかった。

 しかも子供達が少しでも動ける状態である限りは、何処に閉じ込めたとしても他者に発見される可能性が高くなってしまう。

 場合によっては、自力で脱出することも有り得るだろう。


 ともかく早い段階で、子供達が発見されて事件が明るみに出れば、

 それだけ彼らに追っ手がかけられるのも、早くなってしまうのだ。

 それだけは絶対に避けなければならない。


 とは言え、殺して口を塞ぐ方法も、適切な処置とは言いがたい。

 万が一子供達の死体が発見されようものなら、彼らは盗賊よりも更に凶悪な犯罪者として、より多くの追っ手から追われることになりかねない。

 あるいは国外へ出ても、その追跡の手は弛められることはないのかもしれない。


 少なくとも子供達の両親が、地の果てまで追っ手を差し向けてくることは、想像にかたくなかった。

 となると、今ここでとれる最善の策は──、


(しばら)く連れ歩くか……」


 拉致である。

 明日の更新はお休みの予定です。

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