―閑話 受け継がれしもの2―
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「なんだそれは?」
何らかの情報を持っているらしいアイゼルンデに対して、フラウヒルデは問う。
「簡単に教えることはできませんわね。
なにせお祖母様からの、箝口令が敷かれているくらいですから」
「母上から?」
フラウヒルデはより強く眉根を寄せた。
シグルーンから箝口令が発令されるほどの機密情報を、子供のアイゼルンデが知っているのはおかしい。
それにも関わらず彼女がそれを知り得たということは、その内容は子供が知っても何の問題も無い、さほど重要ではない情報なのではないだろうか。
だから誰かが彼女に、その情報を教えたのだ。
しかしシグルーンが箝口令を敷き、情報操作を行おうとしているところをみると、その情報はある特定の人物の耳に入ると問題が生じるらしい。
「まさか……母上がわたしにだけ、隠し事をしているのか?」
「まあ、そうでしょうねぇ」
アイゼルンデはニヤリと笑う。
フラウヒルデは得心いった。
何故にここ数日、友達の悉くが彼女と遊ぶことができないのかを──。
彼女と行動を共にしている内に、うっかりと口を滑らせてしまうことを恐れたからだ。
もしもそれがシグルーンに知られたら、何をされるのか分かったものではない。
だからそれは、当然の対処法だと言えよう。
故にフラウヒルデも、友達を恨むつもりにはなれない。
むしろ同情する。
きっと子供心に色々な葛藤があったのだろうと思うと、母に成り代わって詫びたい気持ちだった。
「むう……」
フラウヒルデは暫しの間、目を閉じて考え込む。
なんだか面白くない状況だった。
これは一種のイジメに等しい。
だが母に理由を問い質したところで、おそらくは何も吐きはしないだろう。
となると――、
「…………」
フラウヒルデは困ったような顔でアイゼルンデを見た、そして当のアイゼルンデは勝ち誇ったような顔でフラウヒルデを見ている。
「……スマン、委細説明してくれ」
フラウヒルデはちょっと悔しそうな面持ちで、深々とアイゼルンデに頭を下げた。
「オーッホッホ、そうそう、それでいいですわぁ!
さすがフラウ。
人にお願いする時の態度を、心得ていますわね」
アイゼルンデはさも嬉しそうに、高笑いをあげた。
……なんとも嫌な感じの10歳児である。
「それならば向こう1ヶ月分の、オヤツの上納を要求致しますわ。
お祖母様を敵に回す可能性を考えれば、これくらいはしていただきませんと」
「うむ……応じよう」
これに関しては、シグルーンと敵対する危険性の対価だと考えるれば妥当だと思ったのか、フラウヒルデはあっさりと応じた。
「うふふふふふふふふ」
フラウヒルデよりも上の立場であることを感じて、アイゼルンデは上機嫌であった。
彼女は昔からフラウヒルデのことをライバル視している。
1ヶ月近く年下のくせに、どんどん自分の前を進んでいくフラウヒルデが妬ましかった。
まあ付き合いが長い所為か、不思議と両者が険悪な関係になることはなかったが、それでも口惜しいことは口惜しい。
そう、何故同じシグルーンの血を引いている自身が、勉強でもスポーツでも、悉くフラウヒルデに勝てないのか――それが理解できないのだ。
これでフラウヒルデが大の苦手としている魔法が扱えればまだ勝ち目もあるのだが、何故か彼女も魔法が大の苦手だった。
今のところ実力で勝てる見込みは無いに等しく、彼女自身も半ば諦めている。
結局、こういう時に恩を売っておかなければ、アイゼルンデはフラウヒルデより上の立場になることがなかなかできないのだ。
だが上に立ったからには、ここぞとばかりに大きくでる。
「あと、わたくしの部屋の掃除も、1週間ほどお願いしたいですわね」
「それは……」
さすがにフラウヒルデの顔にも躊躇いの色が浮かぶ。
オヤツにはさほど執着は無い彼女も、掃除は人並みに面倒臭いし、修練の時間が減るのも困る。
「あら、情報を聞きたくないのでしたら構いませんわよ?
折角東方文化に関することですのに」
「何っ!?」
東方文化と聞いて、フラウヒルデの目の色が変わる。
そしてガバリとアイゼルンデに掴みかかり、ガクガクと揺さぶった。
「一体東方文化がなんだというのだ!?
吐けっ! 今すぐ知っていることを、洗いざらい吐けっ!
下手に隠し立てすると、身の安全は保証せんぞっ!!」
「く、首絞めないでっ、わたくしの要求を呑めば話しますわよっ!
とにかく、まずはその手を、は、離しなさいっ!!」
「ス、スマン……」
フラウヒルデはハッと我に返って、危うくグッタリとしかけていたアイゼルンデの首から手を離した。
「分かった……条件は全て飲もう。
なんなら部屋の掃除は、1ヶ月間引き受けても構わん」
「あははは、気前がいいですわね。
だからあなたのことは好きよ、フラウ」
アイゼルンデの上機嫌は極まりつつあった。
故に普段は絶対口にしないような、深層心理の本音が出ている。
「気色悪いことぬかしてないで、早く言え」
「ええ、実はね……」
2人はヒソヒソと密談を開始する。
そうしていると、2人は本当に仲の良い姉妹のように見えた。




