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―閑話 受け継がれしもの1―

 幼い頃のフラウヒルデが主役の番外編です。全10回の予定。

「将来何になりたい?」


 かつてシグルーンは、娘にそう問いかけたことがある。

 娘のフラウヒルデは、当時5才くらいだっただろうか。

 そんな彼女の答えはただ一言──。


「……武人」


 この可愛げの欠片(かけら)も無い娘の答えに、シグルーンはかなり複雑な表情となった。

 母には何故(なにゆえ)娘が「武人」を(こころざ)すのか、皆目見当がつかなかった。

 彼女が「武人になれ」と教育したことなど1度も無い。


 そもそもフラウヒルデの「フラウ」には、「夫人」というような意味がある。

 母は「貴婦人を目指して、お(しと)やかに育ってほしい」という願いを込めてその名前を付けたつもりだった。

 母の中では娘の将来の選択肢に、「武人」などと言うものは最初(ハナ)から存在していなかったのだ。


 ただ、「ヒルデ(もしくはヒルド)」にはずばり「戦い」──つまりは「戦乙女(ワルキューレ)」の意味があった。

 一族の女性には昔から多く使われていた名前だとはいえ、結果的には「名は体を表す」をまさに体現してしまったと言える。


 また、武人に関わるようなことも……まあ騎士団の訓練を見学させたことは確かにあるが、それが武人を志す直接の切っ掛けとなるのかは、かなり疑問であった。


 他にもっと子供らしい、夢のある答えが返ってきても良いではないか、とシグルーンは思う。

 事実、フラウヒルデと同い年の彼女の孫、アイゼルンデは「キリンさんになりたい」などと(のたま)ったものだ。

 なんとなくズレているきらいもあるが、「武人」よりは百倍微笑(ほほえ)ましい。


 ともかく娘のあまりに型破りな返答に、母はかなり困惑した。

 やはり父親がいないのがいけないのか──と、悩んだりもしたし、息子の嫁には「お義母(かあ)様の子育ては、間違っていなかったためしが無い」と嫌味を――と言うか事実を言われたりもした。


 さすがに大国を影で操り、傍若無人が(つね)である女王様のシグルーンでも、これにはちょっと参ってしまったのである。

 ……が、その反面、本当は少しだけ嬉しくもあったのだ。




 広大なユーフラティス大陸を二分する勢力の、片割れとも言われるほど巨大な国家、クラサハード王国――。

 その王国を裏で牛耳っているとも噂されるアースガル領々主、シグルーン・アースガル。

 その息女、フラウヒルデ・アースガルは、御年(おんとし)10を数える。


 10才とは言っても、その寡黙(かもく)で落ち着き払った態度は、とても子供には似つかわしくなく、老成された雰囲気を醸し出していた。

 ただ、ある一点においては、非常に子供らしいと言える部分があったりするのも、これまた事実である。


 彼女は東方の文化に関するものが、とにかく好きだった。

 無類であると言っても良いほどだ。

 何せ日頃から東方の民族衣装である浴衣や甚平や褞袍(どてら)やらを、好んで着用するほどなのだから。


 それはフラウヒルデが物心がつくかつかないかといった頃に、城に立ち寄った行商人が持ち込んだ東方の着物を、彼女が一目惚れしてしまったのが発端であった。

 フラウヒルデは普段から自身の欲求を、あまり口にする性分ではなかった。

 しかしこの時ばかりは強引に、その着物が欲しいと母にせがんだ。

 母もほぼ初めて娘が自身に頼ってきたのである、嬉しくてついつい買い与えてしまった。


 だが、これがいけなかった。

 この時からフラウヒルデは、どんどんと東方文化に傾倒していき、普段着も着物でいることが多くなった。

 最近では一般庶民から比べればそれなりに多いが、それでも少ない子供の小遣いである。

 それを少しずつ貯め、ついには遠い東方の国から、自ら欲しいものを輸入する始末であった。


 しかもそれなりの数量を仕入れて転売し、その利益で新たな品を輸入するという徹底振りである。

 実は武人よりも、貿易商の方が向いているのかもしれない。


 ともかく他者からすれば、それらのフラウヒルデの行為は、かなりの奇行として映っただろう。

 それでも彼女は人の目を気にすることなく、自分の好きな道を邁進し続けた。

 その直向(ひたむ)きな純粋さは、ある意味子供らしいとも言えた。




 そんなフラウヒルデがその事件に巻き込まれた発端は、とある夏の日の昼下がりに生じた。

 その時彼女は、パタパタと広いアースガル城の内部を走り回っていた。


 特別急ぎの用ことがあったと言う訳ではない。

 ただ、暇だったので走っていた。

 暇なら友達と遊べば良い──と、他者は思うかもしれないが、その友達がこの時はたまたまつかまらなかったのだ。


 珍しいことであった。

 フラウヒルデは普段から着物を着用し、子供にしては妙に落ち着き払っており、口数も少ない。

 故に他の子供達からは異分子として認識されてもおかしくはないのだが、不思議と友達は多かった。

 あるいは彼女にある種のカリスマ性が、あったからなのかもしれない。


 ともかくこのアースガル城には、フラウヒルデと同い年の親戚の子が何人もいたし、城下町へ行けばもっと子供の数は多い。

 遊び相手が不足するということは、普段ならまず有り得ないことだった。

 しかし何故かこの数日に限っては、皆が皆、都合が悪いのだと言う。


 そんな訳でフラウヒルデは仕方なく、パタパタと走り回っている。

 走り回っていれば目に入る風景も変化するので、さほど退屈もしない。

 住み慣れた城でも、改めて観察してみれば、意外と新しい発見があるものだ。

 だからこのあまりにも地味な行為も、案外楽しめる。


 その上身体も鍛えられるので、武人を志す彼女にとっては、一石二鳥だと言えた。


「楽しい……フラウ?」


「うむ、楽しいぞ」


 突然呼び掛けられた声に、フラウヒルデは抑揚なく答えた。

 その表情はあまり楽しそうには見えないのだが、彼女が嘘を吐くことはまず無い。

 おそらく感情表現が下手なだけで、本当に楽しいのだろう。


 声をかけてきたのは、アイゼルンデであった。

 フラウヒルデとは同い年ながらも叔母と姪の関係になる。

 早い話、彼女はシグルーンの息子の娘で、つまり孫である。


 勝ち気そうな少女であった。

 彼女の生来の赤毛がその気の強さを雄弁に物語っており、また、お嬢様然とした風貌には気品もあるが、それがかえって彼女の生意気な雰囲気を強調しているようでもある。

 名家の生まれであるという誇り(プライド)が身に染み込み、知らず知らずの内に他者へ高圧的な印象を与えてしまっているのだろう。


 そんな彼女へフラウヒルデは、


「まあ、やはり友と遊ぶ方が楽しいがな。

 しかし皆都合が悪いと言う。

 ……丁度良い。

 アイゼ、何かして遊ぶか?」


 と、アイゼルンデを誘う。

 ところがアイゼルンデからの返答は、予想外の物であった。


「ええ、そのことなのですけどね、実は面白い情報がありますのよ。

 特にフラウなら、喉から手が出るほど欲しがるような……」


「何?」


 アイゼルンデの言葉に、フラウヒルデは軽く眉根を寄せた。

 ちなみにこれは、同人誌版では9章の後にやったエピソードなのですが、9章から本格的に終盤戦に入るので、先にこっちをやった方がいいという判断になりました。

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