―再 会―
ガクン──と、唐突にザンの身体が、崩れるように床に落ちた。
「!?」
「身体に限界が!?」
メリジューヌが叫ぶ。
しかし、ファーブはそれを否定する。
「いや、それにしては唐突すぎる。
怒りが肉体の限界さえも支配している今のザンならば、たとえ手足の筋肉が断裂したって、エキドナを仕留めるまでは、そう簡単には止まらないはずだ……」
ファーブの言葉通りザンの身体は、未だに筋肉組織や関節などの限界は迎えてはいない。
たとえ限界を超えたところで、先程のヒイナギと同様に、自らの生命力を再生能力に注ぎ込んでまでして戦い続けただろう。
しかし現在のザンの身体は彼女の意志とは裏腹に、全身の筋肉が弛緩し、全く力が入らない状態となっていた。
もしもこれが運動負荷の蓄積によるものであるのならば、筋肉は張りつめて岩のように凝り固まり、激痛を伴うはずなのに痛みも殆ど無い。
また、単なる疲労の積み重ねや、激しい運動による酸素欠乏にしては、ザンの意識がハッキリしすぎている。
(なんだ……?
体中が麻痺しているようだ……。
──麻痺だって!?)
「毒かっ!?」
「あははは、そうじゃ、我が牙がそなたの身体を貫いた時にちょいとな。
人間ならば瞬時に体中の筋肉を弛緩させ、終いには心停止させるのじゃが、さすが斬竜剣士よ。
効かぬものかと冷や冷やしたわ。
まあ、致命には至らぬであろうが、今はそれで充分よ」
と、エキドナは、頭部と胴体のみの身体を宙に浮かばせた。
「待てっ、 逃げる気かっ!!」
「待つ訳がなかろう。
貴様の命をここで消せぬのは口惜しいが、最早他の雑魚どもの相手をしている余裕も無い……。
ここは退かせてもらおう。
じゃが私が完全復活したあかつきには、必ずやその命を貰い受ける。
精々覚悟しておくのじゃな。
あはははははははははははっ!!」
哄笑を上げながらエキドナの身体は、空へと吸い込まれてゆく。
「俺達でトドメを刺すぞ」
「はいっ!」
ファーブとメリジューヌが追撃をかけようとした瞬間、エキドナの姿がその周囲の空間ごと歪んだ。
「空間歪曲移動!?
馬鹿な、その術は邪竜王しか使えないはずっ!」
「くくく……私だから使えるのじゃ」
混乱するファーブを嘲笑うかのように、エキドナは妖艶な笑みを浮かべた。
だがその笑みは次の瞬間、冷たく凍り付く。
エキドナの背後に、気配が生まれたからだ。
「なっ!?」
エキドナが慌てて振り返ると、そこには何者かが空間を歪めつつ出現しようとしていた。
「馬鹿な……空間歪曲移動だと!?
私以外の何者が……!?」
だが、今出現しようとしている者の気配を彼女は知っていた。
間違いない、幾度殺しても殺し足りないであろう仇敵――。
そして、何故か自分自身と同質の気配。
「そなたは……!?」
「…………ついに見つけたぞ」
獲物を追い詰めたかのような昏い嗤い顔を浮かべつつ、その者は実体化も半ばでありながらも、人の身の丈はありそうな紅く輝く大剣を振り上げた。
「そなたはまさか……我が血を――――っが!?」
一撃のもとにエキドナは、脳天より真っ二つに斬り裂かれた。
そして、霧のように舞う血飛沫の彼方、ザンは信じられない光景を見る。
そこには漆黒の鎧と、紅いマントを纏う剣士の姿があった。
「まさか……」
その剣士は信じがたいことに、自身の身の丈と同等の巨大な大剣を、右手一本だけで掲げていた。
いや、左腕の上腕部より先を失っている為に、そうせざるを得ないのだろう。
どのみち、凄まじい膂力の持ち主だと言える。
それに見合うべく、男のその顔は精悍なものだった。
しかし、そんな彼のややたれ気味の目は、まるで霞がかかっているかのように虚ろな意志を感じさせ、今し方エキドナを一撃で葬り去ったほどの凄腕の剣士だとはとても思えないものがあった。
だが、そんな彼の瞳がザンの銀髪を視界に入れた瞬間、そこに強い意志の光が戻り始める。
「ベル……?
いや……」
「父様ぁ!」
ザンは顔をクシャクシャに歪め、涙で濡らした。
そして毒の抜け切らぬ身体に鞭打って立ち上がり、ヨロヨロとした足取りで父ベーオルフの元へ向かう。
「リザン……なのか?」
ベーオルフは、茫然とした視線を娘へと向けた。
「父様……父様…… 生きていたんだね!
今まで何処にいたんだよ……。
この200年、わ、私ずっと、ずっと……う、うう……」
そこから先のザンの言葉は嗚咽にかき消され、言葉にならなかった。
そして立ち尽くしたまま、小さな子供のように泣いた。




