―怒 り―
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「許さない……?
許さなければどうするというのじゃ。
そなた如きでは、今やテュポーンをも上回る能力を取り戻した私には勝てぬ」
「……確かに私は、テュポーンには勝てなかったけどね……。
だからどうしたっていうんだっ!」
次の瞬間、ザンはエキドナ目掛けて駆けだした。
だがエキドナも、すぐに対応する。
「身の程知らずの愚か者がっ!」
数十、数百もの床が変質した石の槍が、ザンを襲う。
しかし――、
凄まじい突風と共に、ザンの姿はエキドナの視界から消えた。
「なっ!?」
状況を把握できず、それが故に呆然とするしかないエキドナの背後から──、
「テュポーンに勝っただって?
だけど、あんたはあの人と比べれば隙が多いし、なによりも遅過ぎる!」
──ザンの冷たい声が。
「なん──!?」
振り返ろうとしたエキドナの右腕を、ザンの剣が斬り飛ばす。
「くあああぁぁーっ!?」
エキドナは苦痛に顔を歪めた。
しかし苦しみに悶えている暇は無い。
すぐにザンの、次なる攻撃が来るだろう。
彼女の目は、必死にザンの姿を追おうとした。
だが既にザンはエキドナの死角に回り込み、次なる斬撃を繰り出している。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」
ザンが雄叫びを上げる。
「があっ!?」
エキドナの二股に分かれた尾が、根本より切断された。
その次の瞬間には、左腕が、脇腹が、背が、腹、長い蛇体の随所が──と、次々にザンの剣がエキドナを斬り刻んでいく。
エキドナも必死に抵抗を試みるが、あまりにも素早いザンの動きに全くついていけず、防御結界の形成すらままならない。
更に音速を超えるザンの動きが衝撃波を発生させ、それがエキドナを翻弄した。
(な、なんだ、こやつは!?
は、速過ぎる。
テュポーンよりも、よっぽどやりにくいではないかっ!!)
あまりに素早いザンの攻撃に、エキドナは驚愕した。
そしてそれは、戦いを見守るメリジューヌとファーブも例外ではない。
「こ……これがリザン様の、本当の実力……!?
以前私と戦った時には、半分も本気を出していなかったということなのでしようか……?」
あまりにも大きな実力の差に、メリジューヌは愕然とするしかなかった。
だが――、
「いや……これほどまでに速いザンの動きを、俺は見たことが無い……。
怒りに我を忘れて、限界を超えた能力を絞り出しているようだ……」
そんなファーブの声は、緊張に満ちていた。
(あいつ……本気で怒っているな……。
これほどまでの怒りを見せたのは、感情を取り戻して以来初めてじゃないか?)
もしも今のファーブに喉というものがあったとしたら、彼はゴクリと鳴らしていただろう。
「だがあんな動きは、いつまでも続かないぞ。
あと数分も待たずに、運動量についていけなくなった筋肉組織が死に始める。
今だって、全身に激痛が走っているだろうに……」
「そうまでして……!」
メリジューヌは先程ザンに感じた畏怖の念が、錯覚ではなかったことを確信する。
彼女は似たような境遇のザンの気持ちを、多少なりとも理解できると思っていた。
しかしザンの抱えた悲しみと怒りと絶望の凄まじさは、彼女の想像を超えている。
結局、200年もの時間を、邪竜を憎むことに費やしてきたザンと、父や臣下に囲まれて比較的平穏な環境の中で育ってきたメリジューヌとでは、決定的に分かり合えない部分があるのだ。
(許せない!
許さない!
私が無くしてしまった大切なものの一部を、やっと取り戻せたと思ったのに……っ!!)
ザンは間断なくエキドナを斬り刻み続けた。
だが、そんな彼女の身体も、限界を超えた動きを続けた為に、全身の筋肉と関節が悲鳴をあげ、肺は酸素を求めて喘いでいる。
これが長引けば、エキドナよりも先にザンの方が、戦闘不能に陥りかねない。
しかし彼女は止まらない。
止まるつもりもない。
エキドナを可能な限り苦しめる為に、生かしたまま微塵に斬り刻み、そして、最後にはその存在をこの世から完全に消し去る──。
そうまでしなければ、今のザンを支配する怒りの炎は収まりそうになかった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」
ザンはあろうことか更に加速した。
そして、ついにエキドナの上半身を、下半身から切り離す。
「こ、こんな……こんなっ!」
最早、頭部と胴体のみの姿となったエキドナは、怨嗟の叫びを吐き出した。
(こんなところで……!
我が望みの成就を目前にして……!
この200年を水泡に帰することとなるのかっ!
……そんなことはならぬ、ならぬ、ならぬっ!!)
そんな思考の最中、エキドナは自らに向けて振り下ろされる直前剣の姿を見た。
その剣が振り下ろされれば、おそらく彼女は脳天から真っ二つに断ち切られるだろう。
勿論それは、即死に繋がるはずだ。
「あんたが殺した人達に、詫びながら地獄へ行け!」
冷たいザンの言葉が、エキドナを戦慄させた。
最早、その死までは刹那の猶予も無い。
(おのれぇ、まだか?
まだ効かぬのかっ!?)
エキドナは必死で願った。
既に手は打ってあるのだ。
後はそれがいつ効果を及ぼすかだが、自身には神の加護がある。
必ずや自身は救われる。
こんなところで終わるはずがないのだ――と、そう信じた。
そして、その強い願いは叶った。




