―面 影―
今回はちょっと短めです。
ヒイナギとの戦いに決着がついた──と、ザンの表情が緩む。
「母様みたいな非常識な大人にはなるなよ……って、おばさんに言われてたんですけどね……。
こんな風になっちゃいました、スミマセン」
「……うん?」
そんなザンの恐縮した言葉に、ヒイナギは初めて違和感を覚えた。
「……お前は……?」
「あ、ようやく意識がハッキリとしてきたんですか?
私、母様じゃありませんよ。
娘のリザンですってば」
「リザン……?
まさかあの小さな子が……?」
ヒイナギの顔にゆっくりと、驚愕の色が浮かんでいく。
思考が現状に、なかなかついていけないらしい。
「いや~、あれから200年も経っていますからね。
そりゃあ、私も育ちますよ」
ザンは照れ笑いを浮かべつつ、頭を掻いた。
「200年……!?
じゃあ、もうベルヒルデはいないのか……」
ヒイナギの寂しげな言葉に、ザンは静かに首を左右に振り、そして自身の胸を軽く叩く。
母様は私の中に、生きているんだと――。
「……フッ」
そんなザンの様子を見て、ヒイナギは微笑んだ。
人は生命が終わった時に、その存在が消えるのではない。
何かを残し、それを受け継ぐ者がいる限りは、永遠にその存在が消えることはない。
(それならば……私はこの子に何かを、遺してやることができたのだろうか?)
ヒイナギは思う。
幼い頃、一族の者達から迫害を受けていたザンは、本来なら彼女を庇うことができなかったヒイナギに対しても、憎しみの念を向けていてもおかしくはなかったはずだ。
しかし今のザンには、そのような負の感情を微塵も抱いていないように見える。
それどころかヒイナギとの戦闘の際には、自らを危険に晒してまで、可能な限り彼女を傷つけないように配慮しつつ戦っていた。
(優しい娘に育った……)
おそらくそれは両親の存在は勿論だが、ザンがこの200年の間に出逢った人々の影響も大きいのだろう。
それでも自身の行いが彼女の心の内に、昏い影響を残さずに済んだことを、ヒイナギは安堵する。
「大きくなったんだな……」
感慨深く呟いたヒイナギの言葉に、ザンは顔を赤らめたた。
「とにかく、今は色々立て込んでるので、おばさんは暫く寝ていてください。
後で沢山お話をしましょうよ」
「あ……ああ……」
ザンはエキドナの方へと視線を向けた。
彼女にはまだ、本当に倒すべき者との戦いが残っている。
いつまでも再会の喜びに浸っていられるような、暇は無いのだ。
――だが手遅れだった。
ザンはは背筋に冷たい戦慄を走らせる。
彼女の視線の先では、エキドナが邪気に満ちた凄惨な笑みを浮かべていたのだから。
「壊れた玩具など、もういらぬ」
「やめ……っ!!」
その制止の声を塗り潰すかのように、ズドッ……と、何かを貫く音が聞こえる。
「う……」
ザンは足下に倒れていたはずの──、
「うあ……」
ヒイナギの姿を──、
「うわああああああぁぁぁぁ―― っ!!」
──頭上高く仰ぎ見た。




