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―無 茶―

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 ザンは襲い来るヒイナギの剣を、両の(こぶし)で交差させるようにして挟み込み、そして叩き折っていた。

 これでヒイナギの剣の威力は、半減したも同然である。

 

 斬撃は肩を中心にして弧を描く一種の円運動であり、そこに働く力は外周に近いほど大きい。

 だから武器の形状が長ければ長いほど、その攻撃力は増大する。

 

 勿論、武器を振るうスピードや重量、硬度、そして敵との間合いなど、様々な要素が絡んでくるので例外は多々存在するが、「長さ」は武器の性能を発揮する上で重要な要素の1つであり、それを最大限に活かす為に、刀剣の(たぐ)いはその先端部分が最も高い攻撃力を発揮できるような造りとなっている。

 

 それを失ってしまっては、ヒイナギの剣は大幅に性能が減じてしまったと言わざるを得ない。

 更に攻撃の間合いが狭くなったのも事実だ。

 とは言え、刀身と重量が半分以下になったそれは、ナイフの如く素早くかつ細やかに振り回すことが可能になっている。

 攻撃力が大幅に衰えたとはいえ、その刃を相手の首に食い込ませれば、頸動脈を切断することくらいはできるだろう。

 素手の人間にとっては、まだまだ脅威度が高い武器だと言える。

 

 また、鋼鉄を上回ることも珍しくないほど頑強な、竜の皮膚を斬り裂くことを可能とする「斬竜剣」――。

 その剣身も又、凄まじいほどの耐久力を有しているはずだ。

 それを折ったザンの(こぶし)も、無事では済まなかった。

 拳は血に染まり、破れた皮膚の隙間には白い骨も見える。

 おそらくはかなり重度の骨折も、負っていることだろう。

 暫くは使い物になるまい。

 

 だが、ザンは構わずにヒイナギとの間合いを詰め、密着状態と言えるほどまでに接近する。

 お互いの顔は、そのまま接吻に移行してもおかしくないほど近い。

 

「なっ!?」

 

 ヒイナギは思わず、その身を緊張で(こわ)ばらせた。

 かつて彼女がベルヒルデとの戦いで敗れたのは、このような密着状態で繰り出された投げ技からの、頭部への(かかと)落としによるものであったからだ。

 

 しかし今現在両手の拳が使えないであろうザンに、一体どのような攻撃が可能なのだろうか。

 手刀、殴打などの拳を使う打撃技はもとより、このような密着状態で最も警戒しなければならない投げ技や、絞め技、そして関節技は、相手を手で掴むことが前提の技であり、拳を負傷しているザンに使用できるとは思えない。

 

 となれば、ザンに残された攻撃手段は、肘打ちかあるいは蹴りなどの脚を用いた技に限定されてしまうのだろうが、通常の肘打ちや蹴りを行うには、ザンとヒイナギとの間合いが密着しすぎており、十分な効果は期待できそうになかった。

 

 もっとも膝蹴りならば問題ない間合いではあるが、それでも有効なダメージを与える為には、相手の首を手で抱え込んで動きを封じ、連続して腹部へと膝を入れなければならない。

 だが、今のザンはこれまた抱え込む為の手が使えない状態である。

 

(い、一体何をするつもりだ?)

 

 ヒイナギにはそれが分からなかった。

 だから、攻撃に移るべきか、防御に徹するべきか、その判断が一瞬遅れ、結局そのどちらも選べぬまま慌てて後退を試みる。

 

 ところがその瞬間に、ザンの方が後退した。

 予想の範疇(はんちゅう)を超えたその動きに、ヒイナギは思わず後退を踏みとどまる。

 しかしそれは、重大な(あやま)ちであることを、彼女はすぐに思い知った。

 

 ザンが後退した――と、ヒイナギには一瞬そのように見えたが、実はそうではない。

 ザンは上半身を弓なりに大きく()()らせただけだ。

 急激にザンの顔が遠退(とおの)いたので、ヒイナギは彼女が後退したように錯覚したのだ。

 

(そうか、手足が使えぬ状態から繰り出せる攻撃は……!)

 

 ザンは全身のバネを限界まで引き絞り、そしてあらん限りの力で(こうべ)を引き戻す。

 ゴズンと、ザンの強烈な頭突きがヒイナギの眉間(みけん)に突き刺さった。

 

「ガッ!?」

 

 ヒイナギの短い悲鳴──。

 本来、実戦においての頭突きは、使用可能な状況がかなり限定される。

 それも当然で、相手が兜などを装着していれば全く効果が無いばかりか、自身が自爆するだけだし、そもそも武器を持つ敵に頭突きが可能なほど接近すること自体が、かなりの危険を伴う。

 

 それ故に頭突きは、乱闘の最中(さなか)に相手に組み伏せられた時など、手足や武器が自由に使えない時に使用する程度で、通常の戦闘の中では殆ど(もち)いない。

 そう、頭部は人体最大の要所であり、下手な使い方をすれば自身の方が大きなダメージを負うことになりかねないのだから、使わないで済むのなら使わないに越したことはないという訳だ。

 

 だから頭突きを勝負の決め手として使用することはまず無いし、決まることもまず無いと言っていい。

 その為に頭突きの存在を失念していたヒイナギには、ザンの頭突きを回避する(すべ)がなかったのだ。

 脳震盪を起こし、仰向けに倒れたヒイナギの喉元を、ザンは右足で踏みつけてその動きを封じ──、

 

「勝負有り、だよねっ? 

 剣士なら(いさぎよ)く負けを認めてよ?」

 

 と、期待と不安が入り交じった必死の表情で告げる。

 そんな彼女の(ひたい)はパックリと割れており、さほど大した量ではないが流血していた。

 彼女もまた、無傷とはいかなかったらしい。

 

 そんなザンを見上げて、ヒイナギは、

 

「無茶な戦い方はやめて、などとよく人のことが言えたものだ……。

 全く……相変わらず無茶苦茶な奴だな。

 やっぱり、お前とは何度()っても勝てる気がしない……」

 

 と、大きく嘆息した。

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