―奇 策―
たとえヒイナギに、ザンの命を奪う意志が無かったとしても――いや、間違いなくそうだろう。
彼女はただ、勝負の決着を付けたいだけなのだ。
だが、彼女の後ろにはエキドナが控えている。
やがて何らかの行動に、出てくるはずだ。
(くそっ、ここは一旦退くべきか!?
でも、ここで私が退いたらおばさんはどうなる?
エキドナにとっておばさんは、用済みになってしまうじゃないか。
そうなったら、元々は敵だった者を、あいつは生かしておくのか!?)
結局、ザンは退く訳にもいかない。
残る手段は、やはりヒイナギを気絶させるしかなかった。
だが、最早少々のダメージを与えたところで、ヒイナギの動きを鈍らせ、隙を作ることは難しく、それ故に彼女を気絶させるような攻撃を叩き込むことは、困難を極めた。
(半ば捨て身だけど……奇策を使うしかない……か!)
ザンはヒイナギ目掛けて駆けだした。
それに応じるように、ヒイナギが横薙ぎに剣を一閃させる。
激しい金属同士の衝突音――。
ザンの剣とヒイナギの剣が、火花を散らしてぶつかり合い、力負けしたザンの剣は払い飛ばされた。
それは回転しながら宙に弧を描き、そして彼女のはるか後方の床に突き刺さる。
「!!」
「もらったぁ!」
これ好機と、ヒイナギは剣を頭上高く振り上げ、あらん限りの力を込めて振り下ろす。
それに対してザンは、慌てたように両手を上げた。
しかしヒイナギの腕を掴んで、その斬撃を食い止めることが可能なタイミングでも、間合いでもない。
だが、振り下ろされる刃にならば、あるいはその手が届くかもしれない。
(!? 真剣を掌で挟み込んで、受け止めようというのか!?
できるものかよっ!)
掌で剣を挟み込んで封ずる――いわゆる「白刃取り」と呼ばれる技であるが、達人と呼ばれる者の中でも、使用できる者は殆ど存在しないだろう。
これを可能とするには、コンマ1秒単位のタイミングを見極めなければならない。
もしもこのタイミングを見誤れば、掌は空を挟むか刃に斬り裂かれることとなるだろう。
どちらにせよ、それは致命的なダメージに繋がる。
また仮に刃を掌で捉えることができたとしても、その斬撃の勢いを完全に無効化することなどほぼ不可能だ。
可能なのは、精々横方向に力を加えて、斬撃の軌道を変えることくらいである。
より現実的な手段を取るならば、振り切られる前のまだ速度が乗らない剣を掴んで捻り、そしてあわよくば奪い取る。
本来この技の極意は、斬撃を食い止めるものではなく、敵の武器を奪取することにあると言っても過言ではない。
それは防御の手段としてはあまりにも危険が大き過ぎることを鑑みれば、容易に想像が付く。
そう、剣を掴み取れるほどの技量があるのならば、普通に回避行動を取った方がより確実で安全なのだ。
だが同様に、武器を奪う手段も他に容易な方法があるはずだ。
つまり、なにも命を懸けて試みる必要の無い、実用性の低い技だと言える。
先に「達人と呼ばれる者の中でも使用できる者は殆ど存在しない」と記したが、これは技の難度以上に、習得する必要が無いというのも大きいのかもしれない。
ともかくザンほどの実力があれば、「白刃取り」を成功させることは可能かもしれないが、それは相手が並の剣士であった場合の話で、ヒイナギの竜をも一撃で屠るような剛剣を、果たして受け止めることができるのだろうか。
おそらく剣を奪うことはおろか、その軌道を曲げてやり過ごすことすらも困難だろう。
一歩間違えれば、即死してもおかしくはない。
だがそれが分からぬほど、ザンも素人ではあるまい。
(!? では、何故このような真似をする。
他に狙いがあるのかっ!?)
ヒイナギは一瞬、そんな疑問を脳裏に奔らせたたが、最早斬撃を止められるようなタイミングではない。
そしてザンの手もまた、ヒイナギの剣に向けて伸びる。
直後、鈍い破壊音が周囲に響き渡った。
ヒイナギの剣は奪われることもなく、また斬撃の軌道を変えられることもなく、垂直に振り下ろされた。
ところが、その斬撃はザンの鼻先をかすめただけで、彼女には傷一つ負わせてはいなかった。
しかしザンは、後退してヒイナギの斬撃を躱した訳でも、ましてやヒイナギが後退した訳でもない。
ただ剣の長さが足りなかっただけだ。
「斬撃の勢いを殺す必要も、剣を奪う必要も無い。
ただ、当てればいいだけだ」
ザンは不敵に微笑んだ。
片やヒイナギは、驚愕の入り交じった表情を浮かべる。
何故ならば彼女の剣は、刀身の半ばより先が消失していたのだから──。
「馬鹿なっ、斬竜剣を折っただとっ!?」
有り得ない事態に、ヒイナギは叫ぶしかなかった。
なお、「白刃取り」については、私独自の解釈であり、本作のみの設定です。現実のものと同じではありません。




