―時を越えて現る―
ギイィィィ……と、軋んだ音を立てて、ゆっくりと王の間の扉が開いた。
ザン達は慎重に室内へと、足を踏み入れる。
いや、最早そこは、室内とは言いがたい状態になっていた。
視線を軽く上に移すと、そこには天井が無く、晴れ渡った青空が広がっている。
その陽光の下にあるのは、不釣り合いと思える豪奢な王座には、やはりそこには不釣り合いに見える風貌の女が、足組をしながら座っていた。
「この気配……アースガルからの帰路で、私達を襲った者と同じ気配……。
あなたが父の命を奪ったのですか!?」
メリジューヌは険しい表情で、王座の女を――エキドナを睨め付けた。
しかし――、
「なんじゃ……生きておったのか。
さすがはテュポーンの娘、しぶといのう……。
だが、斬竜剣士を伴って現れるとは、これまた奇妙な組み合わせよの……」
と、エキドナはさほど感慨もなく呟く。
そんな彼女に向けて、ザンもまた険しい表情で数歩進み出て、剣を構えた。
「チャンダラでの借りは、返させてもらう……」
「くはははは……借りを返す?
そなたがか?
それは無理じゃな。
恐らくはテュポーンにも勝てなかったであろうそなたでは、今やテュポーンをも倒したこの私には勝てぬ」
エキドナは勝ち誇ったように嗤う。
「この……!」
ザンの顔が怒りに歪む。
自身の実力を低く見られたことは構わない。
彼女がテュポーンに敗れたことは、紛れもない事実なのだから。
しかしメリジューヌの前で、彼女の父を倒した――つまりは殺したも同然だということを、悪びれもせずに口にするエキドナが許せなかった。
ザンがチラリと横に視線を向けると、メリジューヌの身体は悔しさからか、小刻みに震えていた。
そんな彼女に代わってザンは、今まさに斬りかからんと、わずかに腰を落とす。
この体勢からすぐに、彼女は高速の踏み込みへと移行できる。
「待て、ザン!
なんか変だぞ。
あいつは俺の知っている、エキドナじゃない!」
「そんなことは関係無い!
あいつが沢山の人間の命を奪ったことには、変わりないんだ。
許せるものかっ!」
ファーブの制止の声をザンは振り切り、エキドナ目掛けて猛スピードで駆けだした。
しかしそんな彼女の行く手を、何か黒い影が遮る。
「!?」
影が繰り出した斬撃をザンは反射的に剣で払い、そして跳ぶように後退して影と対峙する。
「な……何故……あなたがここに……?」
ザンは絞り出すようなかすれた声で、影に問う。
彼女の前に立ちはだかったのは、細身ながらも長身の身体を黒い鎧で覆い、短い黒髪と日焼けした精悍な顔立ちを持つ女性であった。
その手にした紅い刀身の剣は、ザンの持つ剣と酷似している。
「敵の新手!?
しかし、何者なのですか、あの女性は!?」
そんなメリジューヌの疑問に、ファーブが応えた。
「斬竜剣士……」
「え?」
「あいつ個人のことはよく知らないが、あの全身を包む黒い鎧に、そして何よりも手にした斬竜剣……。
あの風貌は間違い無く斬竜剣士……。
200年前に滅んだはずの、ザンの同族だ」
「!!」
メリジューヌは慌ててザンの方に視線を送る。
そこにはザンの困惑した顔があった。
何故目の前の者が生きているのか、分からない。
そして何故自分に剣を向けているのか、それは彼女の意志によってなのか、それともエキドナに操られてのことなのか──。
それらの真相も、そして自らがどう対応したらいいのかも、全く分からないのだ。
「ヒ……ヒイナギおばさん……。
生きていたの?」
ザンは取りあえず、目の前の斬竜剣士――ヒイナギへと話しかけた。
しかし彼女は何の反応も返さない。
「生きてはいなかったぞ」
ヒイナギの代わりにエキドナが答える。
「な……に?」
「その斬竜剣士は200年前の最終決戦の時に、この身体が喰らい、何かの役に立つだろうと、その構成情報を読みとっておいたようじゃが……。
それを元にして先程再構成したのが、今そなたの前にいる者よ」
「喰らった?
喰らっただと!?
お前がおばさんを殺したのかっ!!
それに再構成だって!?
ふざけるなっ!
私達は簡単に壊したり、作り直したりできるような、玩具じゃないんだぞっ!」
ザンの怒りにまかせた叫び声が上がる。
しかしそんな彼女の怒りを意に介していなのか、エキドナは楽しげに嗤った。
「玩具ではない?
……違うな、やはり玩具よ」
「貴様……!」
「玩具が気に入らぬのなら、人形よ。
そやつは少々ここを弄っておるからの。
私の言うことをよく聞いてくれる、操り人形じゃ」
と、エキドナは右手の人差し指を、自らのこめかみに当てた。
「さて、私は今よりそやつに、そなたらの皆殺しを命ずる。
貴様はどう出る?
再構成したとは言え、その身体は一部を除いて、かつてのものと寸分違わぬできよ。
あるいは記憶すらも、残しているのかもしれぬな。
つまりは本人――かつての同族を貴様は斬れるかのぉ……?」
「貴様……貴様……貴様っ!
絶対赦さないっっ!!」
ザンは猛然とエキドナ目掛けて駆けだした。
しかしそれを、再びヒイナギが遮る。




