―月 と―
「駄目だ、ルーフ殿!!
次はもうあの攻撃を、防ぎ切れないぞ。
私を置いて逃げるんだっ!!」
フラウヒルデの言葉通り、再びラドンの息攻撃を受ければ、ルーフの防御結界では耐えきることは難しいだろう。
しかしルーフは──、
「できるはずないでしょう……そんなことっ!!」
焦りの色に顔面を染めながらも、ラドンと対峙した。
(クソっ、このままじゃ2人とも終わりだ。
動けっ、私の身体!!)
フラウヒルデは必死で立ち上がろうとするが、未だその身体の自由は利かない。
(動けっ! 私は母上の娘だぞっ!
ベーオルフ様とファーブニル殿の血を、受け継いでいるのだぞっ!
私の能力が、この程度で終わりのはずは無いだろうっ!!)
そんなフラウヒルデの思いとは裏腹に、その身体は未だに動かず、一方ではラドンの口腔から、光が漏れ始めた。
その光は明らかに、先程よりも眩い。
間違いなくその威力は、格段に上がっているはずだ。
ルーフは思わず決死の想いで目を閉じた。
その時――、
「動けぇぇぇぇーっ!!」
フラウヒルデの叫び。
そして──、
『ギャアアアアアアアアーッ!?』
凄まじい絶叫が、周囲に轟き渡った。
何事かと?──と、ルーフがラドンの方に目を向けて見ると、その両目には何かナイフのような物が――手裏剣が突き刺さっていた。
「よし、動いたっ!」
そんな会心の声を聞き、ルーフはフラウヒルデの方を振り返る。
「か、身体は大丈夫なんですかっ!?」
「うむ、根性で治した!」
と、フラウヒルデは笑みを浮かべつつ立ち上がる。
根性で治す――元来彼女の身体に備わってはいたものの、半ば眠っていた竜の再生能力を精神力で呼び覚ましたということなのだろう。
あるいはルーフの回復魔法が、ある程度効いていたのも良い形で影響したのかもしれない。
だが、どのみちなかなかの非常識ぶりであることには違いなかった。
唖然とするルーフを押しのけ、フラウヒルデは未だ視力を失い混乱するラドンに対峙して二刀を構える。
「フ、フラウヒルデさん……」
「ルーフ殿、反撃にでるぞ。
勿論2人でな。
……しかし、奴に対しての有効な策が思いつかん。
どうやって、瞬殺するかだ」
その言葉に、ルーフは喜色を浮かべて頷く。
「僕の最大の魔法を、ぶつけてみたいと思うのですが……」
「それで、奴を倒せるのか?」
「分かりませんが、竜の息攻撃に匹敵する威力があるという自負はあります。
ただ、術の完成にちょっと時間がかかるので……」
「どれくらいだ?」
「3~4分くらいでしょう。
その間、術に集中できれば……」
「いいだろう。
奴の注意を、私に向けさせておく。
ついでに動きも止めておこう」
「大丈夫なんですか?」
「ああ……今は何でもできる気分だ!」
と、フラウヒルデは笑う。
1つの壁を超えた者の姿であった。
「それでは……参るっ!」
フラウヒルデは勢い良く、ラドン目がけて駆けだした。
その背を見送りながら、ルーフは厳かな口調で呪文の詠唱を開始する。
「我が光の友よ右手に宿れ」
ルーフの右掌に淡い黄色の光が灯る。
「我が炎の友よ左手に宿れ」
続いてルーフの左掌に炎が灯る。
そしてルーフは、光と炎を1つに重ねるように両掌を合わせた。
光と炎は混ざり合い、淡く白色に輝く球体と化した。
「融け合う光と炎より生まれし新たなる友──焦熱の精霊よ。
我が魔力を糧とし、いと高き位へと昇れ」
ゆっくりと時間をかけて、球体は光度と体積を増していく。
ゆっくりとゆっくりと……。
それをルーフは、慈しむような表情で見つめ続けていた。
『グルルルルル……』
「――気付かれたかっ!」
ラドンはフラウヒルデとの戦闘中でありながらも、唸り声を上げながらルーフの方へと視線を向けた。
そちらの方がより大きな脅威と感じたのか、フラウソルでの存在を無視して動き出す。
しかし彼女は、ラドンとルーフの間へと割って入る。
「ルーフ殿の邪魔をさせる訳にはいかんっ!!
ゆくぞ、奥義・薄暮伸影――」
フラウヒルデは夕暮れに伸びる影の如く、長い残像の尾を引きながらラドンとの間合いを一瞬にして詰めた。
そして交差した腕を拡げるように、二刀を横薙ぎに払う。
「夕薙ぎっ!」
その斬撃により、ラドンの胸が一文字に斬り裂かれた。
しかもフラウヒルデの攻撃は、それだけにとどまらない。
彼女は技名を気合いのかけ声代わりに叫びながら、頭上に二刀を振り上げ、弧を描くように振り下ろす。
「落陽っ!」
力を乗せた重い斬撃が、ラドンの両肩を斬り裂いた。
更にフラウヒルデは、腕を振り上げながら跳躍し、
「昇月っ!
真月っ!」
テンポ良くかけ声が続く。
その斬撃はラドンの下顎から抜けて上顎までも斬り裂き、勢いに乗った彼女の身体は空中で一回転し、更に真円を描くような斬撃をもう一撃。
そしてついには天井近くまで跳躍したフラウヒルデは、体勢の天地を入れ替えて天井を蹴り──、
「月光ーっ!!」
獲物を狙う猛禽類の如く、ラドン目掛けて急降下した。
その落下の勢いを加えた二刀は、深々とラドンの頭部に突き刺さるのだった。




