―突 入―
(戦力的に少し不安は残るけど……仕方が無い)
問題は色々とあるが、城に突入する面子は決まった。
「じゃあ、あのクロって奴を残していこうか。
……ファーブ、フォローを頼むな」
少し困ったようなザンの表情から、彼女の心情を察したファーブは快く引き受けた。
「ああ、お前は周りを気にせず、思いっきりやりな」
「よし、それじゃあクロって言ったっけ?
叔母様の看護をお願いね」
「ハイ! 元より我が主、この命に代えても守り通す所存です!」
クロは心得ました──と、勢いよく敬礼をした。
(……ノリが誰かに似ているな……)
と、ザンはフラウヒルデに視線を送る。
当のフラウヒルデは、なにやらウムウムと感心したように頷いていた。
クロの態度を「見上げた心意気だ」とでも評価しているのかもしれない。
ザンはは内心で、「本当に自分の選択で良かったのかなぁ~?」と不安を感じつつも、それを表情に出さず笑顔で叔母に告げる。
「それじゃあ叔母様、何かあっても暴れないで、大人しく待っていてくださいよ?」
「人が動けないのをいいことに、好き勝手言ってくれるわね……。
余計な心配はしなくていいから、自分達のことだけ心配してなさい。
いい? 必ず帰ってくるのよ」
ザンは、いや彼女だけではなく、ルーフも、フラウヒルデも、そしてメリジューヌも深く頷いた。
最早、言葉は無かった。
これから出向く場所は死地となるかもしれないのだ。
緊張するのも無理はない。
「それじゃあ、行ってきます」
ザンは緊張と不安を振り払うかのように明るく声を張り上げ、タイタロスの城に向かって駆けだした。
他の者も彼女に続く。
その背を見送りながらシグルーンは、
「……また私だけ取り残されるなんてことは、もう嫌よ……」
と、寂しそうに呟く。
古くは両親に始まり、姉と兄、夫や子供達……。
他にもこの200年間で、多くの人々がシグルーンを残したまま、二度と戻らぬ旅路についた。
その数は千人以上になるだろう。
そして今度もシグルーンは、独りで取り残されることになるのかもしれない。
今、彼女の心は、耐えがたいほどの不安を抱えていることだろう。
それでも余程疲弊していたのか、シグルーンは遠のくザン達の背を見つめながら静かに目を閉じた。
ほどなくして、小さな寝息が聞こえてくる。
「御館様……」
クロはシグルーンを気遣う表情を浮かべ、
「やはり、アースガルへと強制送還しますね」
と、転移魔法の準備を始めた。
シグルーンは眠っているはずなのに、ムッとした表情となる。
起きていれば、「勝手なことをするな!」と、怒鳴っていたことだろう。
クロは慌てて眠っているシグルーンに弁明する。
「あ、いや、出過ぎた真似とは思いますが……。
やはり俺も、あの城に潜入します。
そして俺の命に代えても、お嬢様方を生かして帰しますよ」
しかし、シグルーンの寝顔は、更に不機嫌そうなものへと変わる。
「あ、いや、え~と……俺もちゃんと生きて戻りますから」
クロはシグルーンが何に対して気分を害したのかを察し、言葉を訂正する。
するとシグルーンはニッコリと微笑んだ。
(本当に眠っているのか……?)
思わずそう勘ぐってしまうクロであったが、シグルーンには覚醒しているような気配は無かった。
だからと言って、完全に眠っているようにも見えないが……。
(全く……100年近い付き合いになるが、未だに驚かせられる)
クロは思わず苦笑した。
まあだからこそ、シグルーンの部下でいることには退屈せずに済むし、なによりも先程のように本気で彼に信頼を寄せ、そして身の安全を気遣ってくれる――しかも、かつては敵対し、その上邪悪な存在と忌み嫌われてきた闇竜の彼に対してである。
それはとても心地良いものだった。
だから、クロはシグルーンに忠誠を誓う。
(まあ……ともかく、御館様が悲しむような、最悪の結果だけは回避しないとな……)
その為には、先程の言葉とは裏腹に、自身のいかなる犠牲を厭わぬ覚悟をクロは決めていた。
シグルーンを主と仰ぐことは、それだけの価値があると彼は思っているのだ。
数瞬後、転移魔法による光がアースガルの方角へと飛び立った。




