―魔の城へ―
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それから30分ほどが経過して、クロに案内されてきたザン達がシグルーンとメリジューヌに合流した。
しかし地面で寝込んでいるシグルーンを囲む、一同の表情は硬い。
ザンは時折、テュポーンの遺体とメリジューヌの様子を、交互に見比べていた。
彼女が完敗したと言っても過言ではないほど強大な能力を誇っていたテュポーンの死は、現状の深刻さを物語っている。
だがそれ以上にザンの心を重くさせたのは、唯一の肉親を失ったメリジューヌの心情を察したからである。
父の死と引き替えに視力を取り戻したというメリジューヌと、母の死と引き替えに命を長らえた自身は何処か似ていると思ったのだ。
その共感から呼び起こされるかつての絶望の記憶は、今まさにリジューヌが同じように感じている――そう思うと心が痛かった。
それから暫くしてザンは、意を決したように表情を引き締め、そして宣言する。
「叔母様……私、あの城に潜入してみます」
「……私は一度引き返して、対策を練り直した方がいいと思うのだけどね……。
もしかしたら敵は、神のレベルに到達しているかもしれないのよ?」
シグルーンは疲労の濃い顔色で、ザンを見上げる。
彼女の言い分はもっともなのかもしれない。
今、タイタロスの城に巣くう者に戦いを挑んだところで、勝利の見込みはあまりにも薄い。
「だけどこのまま放っておいたら、もっと状況が悪くなるかもしれない。
次はアースガルが荒野に変えられたって、おかしくはないんだ」
「……確かに従姉殿の言う通りですね。
アースガルはこことも近いですし、何かと邪竜との因縁も深いですから、敵が次の標的に選ぶ可能性は高いでしょう」
と、フラウヒルデは、ザンの言葉に同意した。
「でも……」
しかしシグルーンは、逡巡する。
敵は「隕石召喚」という、神話上において究極の破壊魔法とされた術を操るような相手だ。
勿論、「隕石召喚」ほどの大魔法が、1日に何度も発動できるとは思えない。
仮に発動できたところで、大陸全域に影響を及ぼすほど効果範囲が広い魔法がまともに炸裂すれば、最早敵味方の関係なく被害が及ぶ。
それ故に、おそらく敵が間近にいるザン達に対して「隕石召喚」を使用する確率は極めて低いと思われた。
だが、たとえ敵が「隕石召喚」を使用しなかったとしても、その魔法を発動できること自体がこの世界で最大最強の力を有していることの証明であり、それ故に「隕石召喚」に準ずる威力の攻撃方法を持っていることは疑いようがない。
その脅威は全くの未知数ではあるが、小さくはないということだけは確かだ。
もっともこの場にいるほぼ全員が、その気になればたった1人でタイタロスの城を完全に破壊し尽くすことも可能というほど高い戦闘能力を有しているが、しかしそれを計算に入れたとしても、勝てる見込みが薄いとシグルーンは判断していた。
だが、それを説いて聞かせたところで、心変わりをしそうにないほど、ザンの表情は決心の色に彩られていた。
「帰るところが無くなるのなんて経験は、1度だけで充分だ……!」
そんなザンの言葉に、メリジューヌは静かに頷いた。
邪竜に両親と一族を奪われたザン、そして父と国を奪われたメリジューヌ──。
2人の「これ以上何も失いたくない」という想いは、誰にも止められないだろう。
「……仕方がないわね。
あまり無茶はするんじゃないわよ?」
「いえ……その言葉を、叔母様にそっくりそのまま返してもいいですか?」
今やシグルーンは無理が祟って、完全に寝たきり状態だった。
「…………私のようになるなって意味よ!」
ブーメランが突き刺さったシグルーンは、自身の失態を誤魔化すように声を張り上げた。
だが、その表情はすぐに真面目な調子に戻る。
「……危なくなったらすぐ逃げる……って、前に自分で言った言葉は憶えているわよね?」
「はい!」
「じゃあ……もう何も言わないわ。
私はここで寝て待っているから」
「よし、それじゃあ潜入が決まれば、次は面子だけど……」
と、ザンは一同の顔を見渡した。
「面子も何も……みんなでいきましょうよ。
この場に残ったら、何の為にここまで来たのか分かりませんよ?」
ルーフの言葉にフラウヒルデは大きく頷き、どう見ても居残りが決定しているシグルーンは「悪かったわね」と、憮然としている。
「うん……でもね、一応叔母様の看護役も必要だし……」
それに正直言って、今回の戦いに参加するのは荷が重過ぎる――ハッキリ言うと足手纏いになってしまう可能性がある者もいる。
(う~ん、フラウヒルデは戦いたがっているから、止めても聞かないだろうし……。
ルーフは……ちょっと頼りないけど……まあ回復役は必要かもしれないし、いいよな?)
ザンは適当な理由を付けて自身に言い聞かせた。
たぶん本音である「離ればなれになりたくない」という理由――それを自覚しているのかどうかはともかくとして――では、認められないらしい。
(あとはメリジューヌだけど……)
ザンはメリジューヌへと視線を向ける。
それに気付いた彼女は、強い決意の表情で真っ直ぐにザンの瞳を見つめ返した。
(そう……だよなぁ……)
正直言ってザンの見立てでは、メリジューヌの体調はまだまともに戦えるような状態ではなかった。
しかし今回の事件で、最大の被害者とも言えるのは彼女だ。
たとえ戦うことができなかったとしても、彼女がことの結末を見届けない限り、今回の出来事を心の内で整理することはできないだろう。
心にわだかまりを残さないようにする為にも、最後まで連れて行くべきなのかもしれない。
結局、誰も残せない……ということになる。




