―三つ叉―
シグルーンは不死竜ファーブニルより受け継いだ再生能力のおかげか、その体調はかなり回復してきているようだ。
しかしまだまだ顔色は悪く、とても戦闘を行えるほどには回復していないだろう。
だがそれでも、余裕の表情を崩してはいない。
(あの御方を、信頼しているということなのでしょうか?
しかしあの男も、口で言うほど容易い相手ではないはず……)
メリジューヌがそんな思考している間にも、リチャードはクロとの間合いを詰め、その両腕から熱衝撃波を放った。
「たとえ借り物の能力とて、貴様を消すには十分すぎるほどの能力だっ!!
受けてみるがいい、四天王の能力を!!」
その衝撃波による攻撃は、小さな農村ならば一撃で壊滅させられるほどの威力が秘められていた。
それを至近距離から受けたクロの身体は、はるか後方へと押し戻される。
だがその両脚は、しっかりと地面に踏み留まって抵抗していた。
「俺を消す?
いかに四天王の力とは言え、仮初めの能力で、この純血の俺に勝てるものかっ!!」
次の瞬間、クロの身体は膨張し始める。
それと同時に彼は、口腔から凄まじい勢いで熱線を撃ち出した。
「なっ!?」
クロの吐き出した熱線は、リチャードの撃ち放った熱衝撃波に真正面からぶち当たり、それを逆流させる。
「くっ!」
リチャードは更なる力を熱衝撃波に送り込むが、クロも熱線を吐き続けているが為に、両者の攻撃の衝突は拮抗するに留まった。
その間にクロは、先程までの姿とは全く別の姿へと変じつつある。
その20mを超えるであろう巨体を闇色に染め、背には巨大な二対の翼を持った竜の姿に――。
「竜!?
闇竜かっ!!」
驚愕するリチャード。
しかし、それも当然であろう。
闇竜と言えば邪竜の中でも、最強の能力を持つ種族と謳われる存在である。
かつてはザンですら、その闇竜との戦いで命を失いかけたことがあるほどだ。
果たして今の彼に、対抗し得る存在なのだろうか。
だが――、
「邪竜最強とされる力を持ちながら、人間にへつらうような者に、この俺が負けるかーっ!!」
リチャードはそのプライドの高さ故か、それとも身に宿した血の力を過信してか、逃走するという選択肢を良しとしなかった。
果敢にも彼は、両腕から放ち続ける熱衝撃波に更なる力を送り、クロの熱線を押し返すことを試みる。
『へつらう……?
自らよりも強き者に従うは、当然のことだろう。
そして及ばぬ力で強者に刃向かうは、自らの身を滅ぼす愚行よ。
身をもってそれを知れぃ!』
クロのその姿は、まだ完全ではなかった。
彼の右の肩口から何か細長い物――とは言え、人間の胴体以上の太さはあったが――が突き出たと思いきや、それは見る見る間に竜の首へと変貌を遂げた。
そして更に左の肩口からも、もう1本の首が現れる。
「!!」
『いかにお前が四天王の能力を用いようが、この闇竜族が王子、アジ・ダハーカには遠く及ばぬ!!』
クロは両肩の首からも、更にリチャード目がけて熱線を撃ち出す。
「ガアアアァァァァァーッ!?」
熱線1つを押し返すだけでもやっとであったリチャードは、更に加わった2本の熱線に抵抗できるはずもなく、彼はその熱線に飲み込まれた。
そして3本の熱線は1つに合流して更に膨れあがり、地平線目掛けて走っていく。
その長い尾を引く熱線を、茫然とした表情でメリジューヌは眺めていた。
そして熱線が遠い空の彼方に消え去った頃、クロの方へチラリと視線を移す。
「闇色の竜……」
メリジューヌはか細い声でそう呟き、そして今度はシグルーンの方へと視線を送る。
(こんな強大な存在を、従えているなんて……)
思わず畏怖に近い感情を、シグルーンに対して覚えてしまったのも無理はない。
一方、当のシグルーンは、クロへと視線を注ぎ続けていたが、その表情は徐々に不機嫌なものへと変わっていく。
それを見てメリジューヌは、「何が起こるのか?」と、不安と焦りの入り交じった表情で狼狽えるだけだ。
『ハッハッハッ!
跡形も無く消し飛びおったわ。
所詮はひ弱な人間。
この俺の敵ではな――「「はあっ!!」」…… ぶっ!?』
突然跳躍したシグルーンは、クロの真ん中の頭に強烈な後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
思わずクロも、そしてメリジューヌも怯む。
『お、御館様!?』
「クロ、ちょっと昔のあなたに戻っているわよ!
クロのくせに偉そうにしているんじゃないっ!」
『は……はあ、申し訳ないです……」
と、クロは見る見る間に縮まっていき、元の人間の姿に戻った。
闇色は真っ黒ではなく、闇竜になる前のベースとなった竜の色が影の中に見える感じです。サングラス越しで、色を見るようなイメージを思い浮かべてもらえば近いかと。
なお、明日の更新はお休みの予定です。




