―賭 け―
もしかしたらこれほどの怒りをメリジューヌが露わにしたのは、初めてのことかもしれない。
だが、父を亡くしたばかりの彼女にとって、その遺体を弄ぶが如き行為は、それほどまでに許しがたいものだった。
「お父様をこれ以上苦しませることは、許しません……っ!!」
メリジューヌはシグルーンを地に降ろし、すぐさま槍を構える。
「ハッ、小娘に何ができる。
貴様なんぞ、この俺の相手にもならん」
「小娘って……この娘はあなたよりもかなり年上よ。
まあ、確かに戦闘に関しては、少々分が悪いようね……」
と、シグルーンはメリジューヌの前に歩み出た。
「シグルーン様っ!」
「お下がりなさい。
少々厄介な相手よ」
「しかし、そのお身体では……っ」
「大丈夫……大丈夫よ。
私は以前、あいつに完勝しているんだから」
「完勝だと……?」
シグルーンの言葉に、リチャードの肉食獣の如き眼光は更に鋭さを増した。
「ええ、私に斬られた両腕は完治したようね。
あれで懲りてないって言うのなら、次は半身が消失することくらいは覚悟しなさいよ?」
「貴様……!
その銀髪から、あの女どもの血族か何かだと思ってはいたが、そんなものではなく……」
「そう、本人よ。
姿は多少違うけど、竜の血を持つ者なら、さほど驚くには値しないでしょう?」
「……魔女め!」
リチャードは吐き捨てるように、小さく呻いた。
竜の血を持つ彼ですら、シグルーンからは何か理解しがたい底知れ無さを感じたとれたらしい。
しかしすぐに彼は、不敵に微笑んだ。
「だが、今の貴様は目に見えて弱っているようだな。
そのなりで、全ての四天王の力を得た今のこの俺に、勝てると思っているのか?」
「難しいでしょうね」
シグルーンはあっさりと認めた。
その言葉にリチャードは、ニタリと唇の両端を吊り上げる。
しかしシグルーンの顔にも、疲労の色は濃いものの、余裕を感じさせる笑みが小さく浮かんでいた。
「だけどあなたは、私に毛ほども傷つけることはできないわよ?
これは断言してあげる」
「何だと……?」
リチャードは眉宇をひそめる。
シグルーンの不可解な言葉は、何らかの心理的なかけ引きを狙っているものだとも考えられるが、それだけでは片付けられないものを彼は感じていた。
彼女の底知れなさは、アースガルでの戦いで嫌と言うほど味わっている。
実際に彼の攻撃を、全て無効化するような術を彼女が隠していたとても、なんら不思議ではない。
「いいだろう。
その言葉が嘘か誠か、試させてもらおう」
リチャードは攻撃態勢に入った。
シグルーンの言葉が単なる戯れ言であったとしても、それに惑わされて攻撃を躊躇すれば、それこそが彼女の思う壺ということにもなりかねない。
それは彼にとって、あまりにも面白くない展開だった。
ならば、ここは攻撃あるのみである。
「食らえいっ!」
リチャードはシグルーンへ向けて右腕を突き出した。
その突き出された腕から5本の指が捻れて絡まりながら伸び、あたかも一本の槍と化して襲いかかる。
しかしシグルーンは、動じた様子も無く、微動だにしない。
いや、その表情はほんのわずかだが、強張っているようにも見えた。
(何かを待っている……!?)
メリジューヌはシグルーンの表情を、そう読みとった。
そして、助けに入るべきかどうか逡巡する。
シグルーンは何か策を持っているようだが、それが一種の賭けならば、絶対的な安全は約束されていない。
やはり賭けは賭けに過ぎず、必勝の手段には決してならないのだ。
しかしそんなメリジューヌの躊躇の間にも、リチャードの攻撃はシグルーンに迫り、彼女が今から行動に移っても、最早間に合いそうにもなかった。
「シグルーン様っ!!」
明日は更新をお休みする予定です。




