―世界の果ての決戦―
その日の夕刻、里の広場に住人達が集まり始めた。
広場の中心には、直径が5mはあろうかという巨大な水晶球が浮遊しており、その周囲ではあきらかに人間ではない容姿の者達が、何らかの儀式の準備をしていた。
それは竜人達であった。
彼らは竜でありながらも、人間に近い容姿を持っている。
勿論頭部の形状や皮膚などは、明らかに竜のそれであり、あまつさえ尻尾まであるのだが、2本の足で直立し、衣類で身体を覆ったその姿は、やはり人間に近い印象を受ける。
その身長とて、人間と大差ない。
そんな平均的な竜とはかなり異質な姿をしている竜人達ではあるが、実のところ彼らの竜族における地位は最上位にあたる。
つまるところ、竜王の側近達であった。
それほどまでに高位の存在がこの里に複数人いるということは、それだけこの里が――正確には斬竜剣士という存在が、竜族にとって如何に重要なのかを物語っていた。
実際、大戦の行方は、斬竜剣士が握っている。
それ故に竜王の側近たる竜人が直接この里に逗留し、斬竜剣士達のサポートをする一方で、監視もしている。
邪竜に対して天敵ともいえるほど絶大な能力を発揮している斬竜剣士であるが、有用すぎる力は諸刃の剣だ。
今は邪竜王打倒の為に斬竜剣士の力は絶対に必要だが、邪竜王を討ち滅ぼした後に彼らの巨大な力は何処に向けられるのだろうか。
今度は斬竜剣士が、竜族に反旗を翻すことが無いとは言い切れない。
この一族の今後の処遇については、竜族の中でも意見が大きく分かれるところであった。
しかしまずは、大戦の結末次第である。
竜人達はこれから魔術によって、遠く離れた地の映像を――邪竜王との決戦の様子を水晶球に映しだそうとしていた。
この決戦の結果如何によっては斬竜剣士と竜族、そして世界その物の運命が大きく左右される。
誰もがその結末を気にかけていた。
里の者達は討伐される邪竜王の姿と、身内の安否が確認できることを期待して、この広場へと集まってきたという訳である。
その中にはベルヒルデとリザンの姿もあった。
母娘は他の者達とは少し距離を置いて、広場の隅に位置する場所へと腰を下ろす。
「もうすぐ格好いい父様が見られるわよ」
「う、うん……」
リザンは高まる胸の鼓動を抑えることができなかった。
これから彼女は初めて実戦を――しかも父が戦っている姿を見ることになる。
幼い子供にはかなり刺激が強い映像になるのかもしれないが、場合によってはこれが父の姿の見納めになるかもしれないのだ。
それにリザンも戦士の一族である。
将来に備えて、戦いの現実を学んでおくのも悪くはない。
だからベルヒルデはここに娘を連れてきた。
だが、初めて見る実戦が、リザンに戦いの厳しさを嫌というほど思い知らせることとなった。
ほどなくして水晶球に映しだされたあまりにも激しい戦いの映像に、彼女は驚きの声をあげることすらできない。
竜族と邪竜族の決戦は、壮絶を極めた。
その中で斬竜剣士の一団は、邪竜達の山の形を変えるほどの攻撃をものともせず、鬼神の如き勢いで戦場を突き進んでいく。
その中には父ベーオルフの勇姿もあった。
ベーオルフは無数の邪竜を、ほぼ一撃のもとに斬り伏せてゆき、その強さは圧倒的だと言えた。
しかしリザンはその父の勇姿よりも、邪竜達の姿に目を奪われた。
そのあまりにも異様な姿――それはまさしく、神話の中に伝えられた魔界の住人達を彷彿とさせるものであったからだ。
とりわけ邪竜王の側近中の側近――邪竜四天王の姿は異形を極めていた。
山脈の如き蛇身、大海を召喚する者――リヴァイアサン。
数多の鎌首、嵐を巻き起こす者――テュポーン。
赤黒き半人半竜、爆炎を支配する者――ヴリトラ。
美貌が故に醜悪、大地を揺さぶる者――エキドナ。
そしてそれら四天王の異形すらも霞むほどの威容を誇る者――邪竜王。
およそ竜とは呼べぬような姿をし、巨大な能力を行使する邪悪な者達。
竜という神にも等しき種の中にありながらも、彼らはその枠組みに収まりきらない超越した存在であった。
リザンにはこれらの邪竜達が、心底恐ろしく感じられたが、同時に一族の者達がこのような化け物を相手に臆することなく勇敢に戦い続けてきたことを思うと、今までの彼らによる自らへの仕打ちも少しは許せるような気がした。
「今、私達が平安の中で暮らしていけるのは、それを護る為に命を懸けて戦ってくれている人達がいるからなのよ」
母はそう言った。
「うん……」
リザンは頷く。
母の言葉はきっと正しい。
この時彼女は初めて、斬竜剣士の血をその身に受け継いだことに、誇りを感じたのである。
四天王については、描写したからにはいずれ全員登場させます。




