―やせ我慢の結果―
親子の最後の別れを眺めていたシグルーンの身体は、フラフラと左右に揺れていた。
そして、ついに――、
「も……ダメ……」
背中からバッタリと地面に倒れ込む。
「シっ、シグルーン様!?」
先程まで平然としていたシグルーンがいきなり倒れるのを見て、メリジューヌはすっとんきょうな声を上げた。
取りあえず父の遺体をゆっくりと地面に寝かせた彼女は、慌ててシグルーンに駆け寄る。
「ど、どうしたのですかっ!?」
「た……大したことは無いわよ……。
ちょっと『隕石召喚』の破壊力を結界で相殺させるのに、殆ど魔力を使っちゃっただけだから……」
大したことであった。
魔力は精神力によって生じるエネルギーであり、その魔力を過度に消耗すれば、脳にかかる負担も大きい。
だから魔力を酷使すれば、良くて気絶、最悪の場合は死が待っている。
そのような切羽詰まった心身の状態にありながらもなお、「親子の最期の別れを邪魔してはいけない」と、シグルーンはかなりのやせ我慢をしていたようだ。
だが、それもついに限界を迎えたらしい。
メリジューヌに心配をかけまいとしてか、その顔は微笑んでいたが、顔色は明らかに悪かった。
(これは……何処か安全なところで、休ませた方がいいようですね……)
正直、この国を崩壊に導いた者の存在は看過できなかったが、メリジューヌ1人ではどうすることもできないことは、彼女も重々承知していた。
あの父テュポーンの力をもってしてなお、太刀打ちできなかった者を相手にして、一体彼女に何ができよう。
ただ怒りと憎しみに身任せて戦ったとしても、新たな犠牲が増えるだけだ。
今必要なのは、いかにして残された生命を活かしていくのか──その方法だ。
勿論、戦う以外に生き延びる道が無いのならば、戦わねばならないのだろうが……おそらく、今はその時ではない。
「すぐに安全な場所へお運びしますので、少々お待ち下さい」
メリジューヌは父の遺体をシグルーンの側へと運び、そして転移魔法の準備を始めた。
しかしシグルーンは、
「わ……私のことは気にしなくていいから……」
と、苦しげな様子で上半身を起こす。
「シ、シグルーン様、安静にしていなくてはっ!!」
メリジューヌは転移魔法を中断して制止するが、しかしシグルーンは止まらない。
「心遣いは嬉しいけれど……ちょっと寝ていられるような、状況じゃないわ……」
「しかし、そのようなお体の状態で無理をなさっては、生命にかかわります!」
「でも……敵が放っておいて、くれないんだもの……」
「……え?」
一瞬、その言葉の真意をはかりかねたメリジューヌであったが、すぐにその意味を飲み込み、迅速に周囲への警戒態勢に移行する。
(何者かが……いるのですか?
周囲には何者の姿もありませんし、身を隠そうにも一面焼け野原で何処にも……。
でも、微かに殺気が感じられます……)
「……確かに、何者かが潜んでいるようですわね……」
メリジューヌの言葉に、シグルーンは大きく頷いた。
「そんな訳で、もうあなたの存在はバレバレよ。
前回同様に、不意打ちはきかないから出てきなさい……」
そんなシグルーンの言葉が発せられた次の瞬間、地中から幾本も細長い物体が飛び出し、シグルーンとメリジューヌに襲いかかった。
メリジューヌは慌ててシグルーンを抱き上げ、その攻撃を回避する。
しかし、襲い来る物体はあたかも獲物を狙う蛇の如くうねり、彼女達を追尾してきた。
「くっ!」
シグルーンを抱えている為に大きく動きを制限されているメリジューヌには、その攻撃を躱し切る余裕などあるはずもなかった。
だから結界を形成してその攻撃をやり過ごそうとしたが、彼女の張った結界は大きく揺さぶられる。
「きゃあぁっ!?」
その衝撃の度合いから、今彼女達を襲っている攻撃は、並大抵の威力ではないことが分かる。
それでも、結界を破壊されるほどではない。
「…………」
目標を仕留めることができなかった物体は、スルスルと地中に戻っていった。
その数瞬後、地面に水面の如き揺らぎが生じる。
「ふん、勘のいい奴らだ。
命拾いをしたな」
と、揺らぐ地面から黒髪で長身かつ細身の男の姿が、せり上がってきた。
竜の血に侵されし者――リチャードである。
「まあ……貴様らの命など、今更大した興味も無いがな……。
そこの四天王の死骸を大人しく渡せば、貴様らを見逃してやらぬでもないぞ?」
「なっ……!?
一体お父様をどうしようというのですかっ!」
「決まっているだろう。
竜種の中でも屈指の強大な力を誇っていたその身体を、むざむざと朽ち果てさせるのは勿体ないではないか。
それならば我が身に吸収し、俺がより強大な力を得るために、役立ててやろうというのだ」
「ふっ……ふざけないでくださいっ!!」
メリジューヌの顔は、瞬時に激しい怒りの色に染まった。




