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―元 凶―

 昨日はお休みしてすみませんでした。でも、月曜日も更新できない予定です……。


 それとブックマークをありがとうございました。

「くっ!」

 

 エキドナの一撃を受けたテュポーンの胸部は、陥没していた。

 思わぬ大きなダメージを受けて、彼は苦痛に呻く。

 それでも体勢を整えて、危なげなく床に着地できたのはさすがだと言えよう。

 だが――、

 

「!?」

 

 テュポーンの足下から、(まばゆ)い光の奔流が溢れだした。

 彼は慌てて結界を形成するが──、

 

「ガアアアァァァァァーッ!?」

 

 防御がわずかに遅れ、光に触れた両足は、その瞬間に消え失せる。

 いや、それだけではない。

 光を浴びた天井すらもかき消え、そこから満点の星が視界に入ってくる。

 それはまさに、幻の如き呆気なさであった。

 

「ぐうぅ……分子結合崩壊(イレーズ)……!?」

 

 テュポーンは全力で結界を張りつつ呻く。

 分子結合崩壊――分子の結合力を奪い、あらゆる存在を原子の塵へと変える。

 現在では使える者も皆無に等しい、超高等魔術だった。

 

 その超絶的な破壊力の前では、テュポーンが全力で結界を張ったところであと10秒ともつまい。

 だが彼が限界を感じたその瞬間、光は唐突に消え失せ、両足を失った彼は床に倒れ込んだ。

 

「手加減したとはいえ、よく耐えた──と、褒めるべきかしらね?」

 

 勝ち誇ったようなエキドナの声。

 

「き、貴様……。

 何故貴様にこれだけの力が……!?」

 

「不思議……? 

 そうね、確かにこの身体に内在する魔力容量では、この術の発動すら難しいものね。

 でもね、恐ろしく複雑な術式を組み上げると、割と少ない魔力でも使えるのよ。


 まぁ、手間がかかるから連発もできないし、身体への負担が大きいのも確かなのだけどねぇ。

 だから、新しい身体が必要な訳。

 ……それでも、()だからこの身体でも、これだけの力を発揮できる……」

 

 と、エキドナはニタリと唇の端を吊り上げる。

 

(これは……これはエキドナではない?)

 

 テュポーンは背筋に冷たいものを走らせる。

 明らかに目の前の女は、彼の知っているエキドナとは異質の存在だった。

 

「そして私の能力をもってすれば、貧弱な能力しかないこの身体でも、こんな術までも使用可能なのよ!」

 

 エキドナは両手を広げ、夜空を仰ぎ見ながら呪文の詠唱を開始した。

 それはテュポーンには、全く聞き覚えのない呪文だった。

 

「おお……(くら)大宙(たいちゅう)の底に眠りし、星の欠片よ。

 永劫の虚無に沈みし世界の(むくろ)よ。

 星司取りし王の使徒の名において命ずる。

 汝、紅き衣を纏いて、天より(こぼ)れよ!」

 

 凄まじい量の魔力が、エキドナに集中していく。

 思わず慄然とするテュポーンを、エキドナは嘲笑(あざわら)うかのような表情で見下ろしている。

 そして、彼に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で呟いた。

 

隕・石・召・喚(メ・テ・オ)

 

「馬鹿なっ!?」

 

 テュポーンは驚愕くする。

 そんな伝説上の魔法をエキドナが――いや、他の誰であろうと発動できるはずがない。

 現に神々がこの世界より姿を消してより約十万年、この大魔法を扱えた者などただの1人として存在していないはずだ。

 

 しかし――。

 

 大気が鳴動する。

 その原因を探し求めるテュポーンの視線は、はるか上空に紅い点を見つけた。

 徐々に大きくなって行くその点は、紅く燃える巨大な隕石に他ならず、エキドナの術の発動を証明するものであった。

 

「こ、こんなことが……」

 

 テュポーンは現実に直面してなお、信じられぬ想いであった。

 だが、彼の反応は至極当然のことだと言えよう。

 こんな真似ができるのは、世界の創造からこの時点まで、「神」と呼ばれる者達の中にしか存在しなかったのだから。

 

「あははっ、信じられないでしょうね。

 それは当然よねぇ。

 でもできちゃうのよ、私には。

 何故だか分かるぅ?」

 

「…………」

 

 その問いに答えることができないテュポーンに対し、エキドナは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「それはねぇ、さっき言ったでしょ?

『みんな、すぐに殆どが死に絶える』って。

 それはどういう意味でしょう?」

 

「…………?」

 

 テュポーンはますます分からなくなった。

 

「私は知ってしまったのよ……『神々の黄昏』が……。

 世界が滅びかけた神達の大戦争が、再びこの世界に訪れることを……」

 

「何っ!?」

 

「そして、なんでそんなことを私が知り得たと思う? 

 それはね、既に『神々の黄昏の邪神』が復活間近で、この世界にも影響を与え始めているからよ」

 

「馬鹿な……そんなことが……」

 

 テュポーンは喘ぐように、ようやくそれだけを口にした。

 エキドナの言葉が本当なら、確かに世界は滅亡の危機に直面していると言えた。

 あの伝説に伝わる、ただ(ひと)りで神々との永く果てしない(いくさ)を戦い抜き、そして数多(あまた)の神々を滅ぼした、最大最凶にして猛悪なる破壊の神、『神々の黄昏の邪神』──。


 その者が──竜種の真の敵(・・・・・・)が蘇ろうとしている。

 テュポーンは我知らずに震えていた。

 

「そのおかげで、私は今この世界にとどまっていられるし、「隕石召喚」の使用方法も知ることができた……。

 全てあのお方の御陰ね……」

 

「まさか……貴様……?」

 

 テュポーンは(おそ)れるような眼差しで、エキドナを仰ぎ見る。

 それを受けて彼女は厳かな口調で告げた。

 

「そう……私は『神々の黄昏の邪神』の使徒よ」

 

 周囲は迫り来る隕石の炎によって、紅く染まっていった。


 迫り来る隕石――それが地表に到達し、この地が消滅にも等しい大破壊に晒されるまで、もうわずかな(とき)も残されていない。

 

「さて……どうするテュポーン? 

 今すぐ転移魔法を使えば、あなたは助かるのだろうけども……」

 

 エキドナは含みのある笑みを浮かべて告げる。

 

「でも、この国の全域は壊滅でしょうねぇ……。

 いえ、大陸全土も無事では済まないわよ?」

 

「…………っ!」

 

「ひょっとしたら、この都にだってまだ生き残っている人間もいるかもしれないしぃ……。

 さあ、どうしたものかしらねぇ……?」

 

「くっ!」

 

 その瞬間、テュポーンは宙に浮かび上がり、一直線に巨大隕石目掛けて突き進んだ。


「あははは、やっぱりそうくるの? 

 そうねぇ、確かあなたになら、あの隕石を止めることができるのかもしれないわねぇ。

 でも、それであなたの命が助かるほど、伝説の破壊魔法は甘くはないわよぉ?」

 

 嘲笑うエキドナの声を背に受けつつ、テュポーンは上昇していく。

 そんな彼の身体は瞬時に膨れあがり、無数の蛇頭(じゃとう)を持つ巨大な竜の姿へと変貌を遂げた。

 

 その全長は、タイタロス王城の全高をも上回る。

 それはおそらく、竜種の中でも5本の指に入るほどの巨体であり、それが周囲の大気を巻き込みながら凄まじい勢いで回転を始めた。

 そこから生じたのは、まさに大蛇のようにうねる竜巻の姿だった。

 

 更に竜巻は、途切れることなく鳴り響く(いかずち)をその表層に纏い、光り輝いた。

 渦巻く巨大な光の柱と化したテュポーンは、まるで吸い込まれるかのように、躊躇(ちゅうちょ)なく巨大隕石に突き進む。

 

「くだらない人間の為に命を捨てるなんて、ホントくだらない最期ねぇ…………」

 

 そんな嘲りと憂いの入り混じったエキドナの呟きが発せられるのと同時に、テュポーンは隕石と接触――。

 周囲は眩い閃光に照らされ、一瞬遅れて爆風が天より地へと降り注いだ。

 

 とどまることを知らぬかのように荒れ狂う爆風は、地表のあらゆる物体を砂塵のように易々と空へと薙ぎ払い、更に燃えた隕石の破片が放つ熱によって、爆風に曝された存在を容赦なく焼き尽くす。




 タイタロスは、暴風と灼熱の地獄と化した。

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