―滅び行く種―
激高したエキドナは、己が主張を捲し立てる。
「何万年も続いた平和の中で、竜種は確実に衰退してきているのよ!?
このままでは、いざという時に守護者としての役目を果たすことができなくなる……。
だから私達は、少しでも力のある者を育まなければならなかった。
あなたさえもっと協力的なら、大戦を起こして闘争による力の促進を図る必要も無かったのかもしれない……。
でも、それも結局失敗に終わったわ。
大戦は竜という種族の寿命を、更に縮ませただけだった。
斬竜剣士という、我ら竜種に代わる新たな守護者が生まれてしまったからね……」
「…………」
寂しげに目を伏せるエキドナの姿に、テュポーンもわずかな共感を覚えた。
竜という種に属している以上、その衰退を嘆く気持ちが全く無い訳ではないのだ。
だが、そんな彼の想いも、すぐに吹き飛ぶこととなった。
「だけど、もうどうでもいいのっ!
どのみち竜は、もう役目が終わって、後はただ滅びて行くだけの種だもの。
どうせなら、私の手で滅ぼしてあげる!
ううん、竜だけじゃない。
あの憎らしい斬竜剣士の生き残り共も、その元となりし小賢しき人間共も、みんなみんな、すぐに殆どが死に絶えるんだから。
だから、どうせなら私が滅ぼしてあげるわ。
あははははははははははははは、あーっははははははははははっ!!」
狂ったように哄笑を上げ続けるエキドナへと、テュポーンはわずかに畏怖するような視線を送った。
(正気……なのか?)
テュポーンは率直にそう思う。
人間と既に滅びているも同然の斬竜剣士はともかく、竜族を滅ぼす――あの邪竜王の力をもってしてもできなかったことを口にするエキドナは、既に正気を失っているとしか思えない。
しかし先程までのエキドナとの会話の端々で、テュポーンは何か大きな違和感を抱いていた。
今の彼女なら決して不可能ではないと思わせるような、何か説明しがたい違和感──。
「あら、その眼差しは、私の正気を疑っているようね?
まぁ、竜族を滅ぼそうと考えるなんて、確かにまともじゃないのかもしれないけどねぇ……。
でも、実行できるかどうかという点については、可能だから言っているのよぉ?」
と、エキドナは凄惨な笑みを浮かべる。
「馬鹿な……っ!」
「ええ、勿論、この身体では無理。
でも、これから生み出す身体は強大よぉ。
なにせ、200年もかけて吸収した、この国の住民を含む数百万、数千万もの人間の魂と肉のエネルギーを使って創り上げるのだからぁ」
「貴様、その為にこの国を……!」
苦渋に歪むテュポーンの顔を見て、エキドナはさも楽しげに嗤う。
「あははは……。
しかも、形成する身体の核に何を使うと思う?
200年前は斬竜王に敗れはしたものの、竜種最強の肉体──。
それの一部をちゃんと、この身の内に吸収してあるんだからぁ」
「まさか……」
テュポーンは絶句する。
もしもこれからエキドナが生み出そうとしているその肉体が、核となるかつて竜種最大最強の存在の力をそのまま受け継いでいるとしたら、確かにこの世界の全てを滅ぼすことも不可能ではないだろう。
「……貴様の思い通りにはさせん……っ!」
だからテュポーンは、エキドナの野望を自身の命と引き替えにしてでも、打ち砕かなければならなかった。
それが果たせなければ、未だ生死の分からぬ娘や国民達の死は、より確実な物となってしまう。
それだけは王として、そして父として阻止しなければならない。
「うふふ、精々足掻いてちょうだい。
どんなに頑張っても、あなたがもう終わりなのは変わらないと思うけどぉ?」
「愚かな……今のお前が、私に勝てると本気で思っているのか?
まあ、いい……。
最後に聞いておこう。
メリジューヌは何処にいる?」
「さぁてね。
逃げちゃったから分かんないわ。
もっとも追いつめられて、座標も決めずに転移しちゃったみたいだから、生きている可能性は低いと思うけどぉ?」
その生死にはさほど興味が無いと言いたげなエキドナの態度に、テュポーンは強く奥歯を食いしばた。
「そうか……ならば最早貴様に用は無い。
この世界から消えてもらおうか」
「うふふふ……あなたにできるかしらぁ?」
その身に死刑宣告を受けてもなお、エキドナは余裕の態度を崩さない。
そんな彼女の態度に、テュポーンは強い警戒心を覚えた。
(なんだ、あの余裕は……?)
確かにエキドナは、この200年の間に凄まじい数の人間の命を吸収してきたようだ。
また、その身の内には、かつてこの世界を破壊し尽くした元凶の一部が眠っているという。
その影響で以前とは比べものにならないほど巨大な力を、彼女が手に入れている可能性も否定できない。
しかしそれでも、エキドナが自身を上回る能力を得ているとは、テュポーンには思えなかった。
もしも得ているのだとすれば、より強大な力を有する新しい肉体など、今更必要無いではないか──と。
(どのみち奴を、倒す以外に道は無い!)
テュポーンは沸き上がる嫌な予感を振り払いつつ、剣を構えた。
そして次の瞬間、エキドナ目がけて疾走する。
「ふふん……」
「ぬっ!?」
エキドナが形成した結界に阻まれ、テュポーンの身体は動きを止めた。
その瞬間、床が無数の石槍と化して彼に襲いかかる。
「小賢しいわっ!!」
だが、テュポーンを中心にして発生した衝撃波は、石槍の悉く打ち砕き、更には周囲の壁を覆っていた管をも引き裂いた。
勿論それは、エキドナの腹と繋がったままの管である。
「きゃあああぁぁぁっ!!」
膨大な量の管をバラバラに引き裂かれ、エキドナは苦痛に身悶えた。
当然であろう。
その引き裂かれた肉の総量は、彼女の本体に見える身体よりもはるかに多いのだから。
だからエキドナは、未だ自らに繋がる管を慌てて体内に引き戻そうとするが、その隙を突いてテュポーンは一気に切り込んだ。
しかし――、
「!?」
予想外の光景を目の当たりにして、テュポーンの動きが止まった。
「た、助けてテュポーン……」
先程までの余裕は何処へやら、エキドナは悲痛な表情でテュポーンに助けを乞うた。
「今更命乞いか……。
最早、貴様を許せるような状況では無いっ!!」
「違う……違うの。
あたしは、こんなことを望んでなんかいない……。
このままじゃ、あたしが……あたしが無くなっちゃうよぉ……。
この身体が、あたしのものじゃ無くなっちゃう……」
「なんだと……?」
エキドナは目に涙を浮かべ、喘ぐような声で必死に訴えかける。
それは演技をしているようには、とても見えなかった。
だからテュポーンは、思わず殺気を収める。
だが――、
「あはははははははっ!」
エキドナの表情が、瞬時に嘲りに満ちたものへと変わる。
そして同時に振り上げられた彼女の腕によって、テュポーンは大きく弾き飛ばされた。
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