表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
262/430

―胎 動―

 時をわずかに(さかのぼ)る。

 

「…………」

 

 テュポーンは無言で、周囲を見渡した。

 そこは彼がもう百年以上も暮らしてきた居城であり、見慣れた場所であるはずだった。

 しかし、その全てが一変していた。

 

 彼を取り囲む堅牢な石造りの壁には、縦横無尽に(くだ)が拡がっていた。

 それは生物の血管のようでもあり――いや、あるいは血管そのものなのかもしれない。

 それは心臓の鼓動の如く、わずかに脈打っていた。

 

 管は城内に転がる無数の遺体に根を下ろしており、その管と繋がれた遺体は死亡してまだ間もないはずなのに、既に干からびた木乃伊(ミイラ)へと風化しつつある。

 

(この管が死体を養分として、吸収しているのか……?)

 

 テュポーンのそんな推測は、間違いではあるまい。

 先程もこの城に集う無数の動く死体の姿を、彼は目撃していた。


「一体何の為に……?」


 その時はそう疑問に思ったテュポーンであったが、このおぞましい光景を()の当たりにして、その意味を理解した。

 

(この養分の行く先に、奴がいる……)

 

 テュポーンは管の伸びてくる城の奥の方へと進んだ。

 奥に進むにつれて管の量は増え、収束し、壁面が見えぬほどに周囲を覆ってゆく。

 周囲はまるで、生物の体内であるかの如き様相を呈していた。

 やがて彼が辿り着いたその場所は、城の最上階――王の間であった。

 

「おかえりなさぁい、テュポーン」

 

 王の間の奥から出迎えの声──。

 

「……貴様」

 

 テュポーンは低く、怒りを押し殺した声で呻く。

 そんな彼の視線の先には、女が玉座に()していた。

 

 いや、果たしてそれを、「女」と呼んで良いのだろうか。

 それは縦に裂けた腹から大量の管を吐き出し、その管はこの王の間を――城全体を浸食し、覆い尽くそうとしている。

 あるいは、その「女」に見える部分は、この城に巣くう巨大な生物のほんの欠片(かけら)にしかすぎないのかもしれない。

 

「エキドナ……これはなんの真似だ……?」

 

「うふふふーっ、気に入ってくれたかしらぁ? 

 あなたの為に、用意周到に準備してたのよぉ。

 おかげで作戦は、大成功ってところかしらぁ?」

 

「ふざけるなっ!!」

 

 (おど)けた態度のエキドナに対し、テュポーンは怒号を発する。

 

「別にふざけちゃいないわよぉ。

 あ、それと上に気を付けた方がいいわよぉ」

 

「!!」

 

 テュポーンの頭上から、リチャードが襲いかかる。

 しかしテュポーンは動じる様子も無く、重い剣の一撃をリチャードへと叩き込んだ。

 直撃を受けたリチャードは凄まじい勢いで吹っ飛んで壁に激突し、それでも勢いは止まらずに壁を突き破る。

 突き破られた壁の向こう側は屋外であり、100m近い上空に投げ出された彼は、そのまま地上目掛けて落下していく。

 

「………………」

 

 テュポーンはリチャードが消えた壁の外を、無言で見つめていた。

 そんな彼の足下に、ポタリと、血の(したた)り。

 それは更にポタリ、ポタリと続く。

 

「らしくないわねぇ。

 わざわざ忠告してあげたのに、それでも手傷を負っちゃうなんて。

 やっぱりあなたでも、冷静さを無くしちゃうことがあるんだぁ?」

 

 楽しげな表情のエキドナに対し、テュポーンは忌々しげな視線を向けた。

 彼の肩口にあったはずの鎧の肩当ては砕け、更にその下にある皮膚すらも大きく裂けていた。

 いや、それどころか、肉が丸ごと抉り取られている。

 リチャードが食い破ったのだ。

 

 もっとも、それは竜の能力ですぐに再生できる程度の傷ではあった。

 だが、テュポーンから奪われた物は、ただの肉片ではないのも事実だ。

 

「ふふ……これで、あの子は四天王全員の血を手に入れたのよね。

 どんな風に化けるのか、それとも何も変わらないのか、ちょっと楽しみだわ」

 

「そんなことはどうでもいい……!」

 

 テュポーンは更に鬼気迫る表情となった。

 そのあまりにも激しい怒りと殺気に満ちた表情は、人の顔の造形でありながらも、人の顔に見えないほどだ。

 まさに鬼の形相(ぎょうそう)である。

 

「貴様……このようなことをして、ただで済むと思っているのか?」

 

「あははは、怖い顔ぅ。

 でもそれだけに、あなたがどれだけ悔しい想いをしているのか、手に取るように分かるわぁ。

 あたしはその顔が見たかったのよぉ」

 

 エキドナはテュポーンの凄まじい殺気を受けてなお、平然としていた。

 むしろ、先程からすこぶる上機嫌だ。

 

「ふっふっふ……。

 いつかあなたを泣かしてやろうと思っていたけど、ようやく実現できそう。

 ホント、つくづくあなたのことが気に入らなかったのよねぇ。

 この身体(・・・・)の夫になった時だって、この身体には見向きもしなかったし」

 

「……当然だ。

 ティアマット(・・・・・・)が勝手に決めた婚姻に、従わなければならない理由など無い」

 

「……あなたってば、いつもそうだった。

 自分が強くなることばかりに夢中で、他者のことなど見向きもしないし、力があるから()にもすぐ逆らう。

 ホント、もう生意気っ!」

 

 ここにきて、初めてエキドナの顔に怒りの色が浮かぶ。

 

「あなたの身勝手の所為で、ホントに苦労したわ。

 私達はもっと強力な子を、育まなければならなかったのに……」

 

「ふん、力の強大な者同士を(つが)わせて、より強い子孫を残すという、ティアマットの主張か。

 貴様が()の遺志にこだわる気持ちも、今となっては分からぬでもないが……くだらんな」

 

「くだらない……? 

 くだらなくなんてないわっ!」

 

 テュポーンの言葉に、今度はエキドナが激高(げっこう)する番だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ