―世界を終わらせるモノ―
「分かったわ。
もう死者が二度と操られないよう、肉体を残さないようにしちゃうけどいいかしら?」
「…………仕方がありません。
現状では1人ずつ埋葬することは、難しいでしょうし……。
野晒しにして獣に荒らされるよりは、マシかもしれません……」
震えるメリジューヌの答えにシグルーンは静かに頷き、そして掌を天にかざした。
「じゃ、いくわよ。
天より零れし浄化の光よ、汚されし彼の者を清め、共に天へと還れ!」
呪文を詠唱する彼女の周囲に、砂如く細かい光の粒子が出現した。
それらは彼女の掌に集中し、融合して眩い光の玉を形成する。
「光烈!!」
シグルーンが光の玉を地面に叩きつけると、光は膜のように広がりながら地面を覆い、次の瞬間には天に向かって一斉に飛び上がった。
その光に飲み込まれた死者の群は、瞬時に白い灰と化す。
「…………」
メリジューヌは、天へと昇る光を静かに見つめていた。
目は見えずとも、何か感じ入る物があったのだろう。
しかし、その表情は徐々に険しくなる。
「……ふう、取りあえずここら辺一帯の死者は、全て浄化したと思うけど……。
この都全体となると、あと何十回かは繰り返さないといけないわね……」
「いえ……今は結構です。
ありがとうございました」
メリジューヌは深々と頭を下げた。
「しかし……一体誰がこんなことを……」
メリジューヌの怒りを押し殺した言葉に、シグルーンも不機嫌そうに答える。
「たぶん、あなたを襲った女……リザンちゃんが言っていたエキドナって奴だわ。
私達の足止めでもしようとしたのか、それとも別の目的があったのかは分からないけれど、全く趣味が悪い……。
捕まえてボコボコにしてやらなくちゃ!」
シグルーンはタイタロスの王城を見上げた。
都全体が地震によって壊滅的な被害を受けたのにも関わらず、城だけは何故か無傷のようだった。
おそらくエキドナは、何らかの利用価値があると踏んで、この城だけを残したのだろう。
ならば彼女はまだ、あの城の中に潜んでいる可能性が高い。
「……私の民をこんな風にした者を……それがたとえ神が相手であろうとも許す訳にはいきません!」
メリジューヌも厳しい表情で王城を見上げた。
その時だ──、
「「え?」」
シグルーンとメリジューヌは、小さく間の抜けた声を発する。
見上げた城の更にはるか上空。
そこには何か巨大な物体が見える。
直径が数百mはあるだろうか。
それがかなりのスピードで落下してきていた。
しかも、紅く燃えるほどの凄まじい勢いでだ。
大気は周囲に熱を逃がすことができない状態で圧縮すると、高温を発する性質がある。
これを断熱圧縮という。
高速で落下する物体の前面では大気が押し潰され、あまりにも急激な圧縮によって熱を周囲に逃がす暇も無いが為に、高温が生じているのだ。
「大きな岩の塊がっ!?」
メリジューヌは悲鳴じみた声を上げた。
それとは対照的に、シグルーンは声を失う。
(ま、まさかあれは……神々の黄昏の邪神が用いたという、伝説の破壊魔法――)
――「隕石召喚」。
大気が鳴動し、空は瞬時に紅く染まる。
もしもあの隕石が地表に激突すれば、このタイタロス――いや、果てはこのユーフラティス大陸、そして世界そのものが、壊滅的な被害を受けるだろう。
(こ、こんな……!
たとえ竜にだって、こんな大魔法を使用することは不可能だと思っていたのに……)
しかしその不可能であるはずの魔法が、今彼女達の目の前で発動した。
古の伝説によれば、神々の大戦争「神々の黄昏」の際、邪神による「隕石召喚」の連続使用によって、世界は壊滅寸前の状態にまで追い込まれたという。
また、邪神に対抗した神々の多くも滅び、十万年も時が過ぎた現在に至っても、未だに復活を果たしていない。
これからその「神々の黄昏」が、再来しようとしているのだろうか。
もしもそうだとするのならば、世界は200年前の「邪竜大戦」を上回る危機に直面していると言える。
今度こそ世界は滅びるかもしれない。
だが──、
タイタロスの城から、巨大な光の竜巻が立ち上り、上空へと伸びていく。
「い、一体何が起こっているのっ!?」
シグルーンは絶叫を上げた。




