表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
260/430

―死 都― 

 震災描写があります。

 見渡す限りが、瓦礫の山であった。

 勿論、完全な倒壊を免れた建築物もあるが、それらとて無傷なものは何一つ無く、それらを使用する人間も最早存在しないに等しい。

 結局はこのまま朽ちていくだけの存在だった。

 やはり瓦礫となる運命には違いない。

 

 タイタロス皇国首都――エトワーナ。

 かつては大陸一の繁栄を誇ると(うた)われた(みやこ)も、突如発生した巨大な地震によって、なす(すべ)もなくその全域は崩壊した。

 

 果たして、かつては50万からいた住民の、どれだけが生き残っているのだろうか。

 現在この(みやこ)では、周囲を見渡せば瓦礫に埋もれた人間の(しかばね)が、容易に発見できる。

 都の全域に死が溢れかえっていた。

 

 しかしそんな死都の中にも、辛うじて生者の姿があった。

 それは傍目には十代前半ばの少女にしか見えない2人組で、今のこの都には酷く場違いに見える。

 

(酷いものだわ……ほぼ全滅か……)

 

 シグルーンは頭に浮かんだそんな言葉を、喉の奥に飲み込んだ。

 それを口にするのは、あまりにも残酷過ぎるからだ。

 言わずとも彼女の脇に立つ者も、同じ想いであろう。

 あえて口にして、絶望に拍車をかける必要もあるまい。

 

 メリジューヌは身体を小刻みに震わせつつ、瓦礫の中に(たたず)んでいた。

 その蒼白に染まった顔には、放心したような表情が硬く張り付いている。

 

 彼女が国から出立(しゅったつ)した時、ここには当たり前のように多くの民の生活があった。

 人々は繰り返される日常の中で喜び、悲しみ、時として憎しみ合い、それでも多くは幸福に暮らしていた。

 子供達の笑い声が聞こえない日などなかった。

 いつまでも続くかに思われた、平和な日常――。

 

 しかし、全てが一瞬にして消え失せた。

 今まで築き上げてきた物の全てが、無に帰したのだ。

 

「こんなことって……!」

 

 閉ざされたメリジューヌの目から、涙が溢れる。

 一体何の為に、これほど多くの人間が死ななければならなかったのだろうか。

 たとえこれが神の定めた運命であったとしても、到底納得のできるものではなかった。

 

 それに父テュポーンは、一体どうしたのだろう──と、メリジューヌは思う。

 あの巨大な能力を持つ父がいてなお、この未曾有(みぞう)の大災厄を防ぐことができなかったとは考えにくい。

 

 一体、今何が起こっているのか、彼女にはその全貌を知る(すべ)が無かった。

 ただ自身が一時の間、行方不明となっていたことが、この大災厄の引き金になった可能性を払拭することはできなかった。

 

 怒りと、悔しさと、悲しみ、そして困惑に震えるメリジューヌに対し、シグルーンもかける言葉を見つけることができない。

 今は何を言っても、なんの慰めにもならないだろう。

 いや、その声はメリジューヌの心には、届きさえしないのかもしれない。

 

 シグルーンは押し黙り、暫しの間、微動だにしなかった。

 ただひたすらに、メリジューヌを静かに見守っている。

 

「…………っ!」

 

 しかし突如、シグルーンの目は鋭く細まった。

 

「……えげつない真似をしてくれるわねぇ……」

 

 シグルーンは今現在の幼い容姿から発せられたとは思えぬような、低い声音で吐き捨てる。

 明らかに怒りを押し殺した声だ。

 メリジューヌはハッとして、うつむき加減の顔を上げた。

 周囲がざわめき、無数の何かが彼女達に迫りつつある。

 だが、生命の気配は全く感じられない。

 

「…………!!」

 

 メリジューヌの顔に、激しい怒りの色が浮かぶ。

 

「死者を(はずかし)めるなんてっ……!!」

 

 彼女達に迫るのは、死者の群れであった。

 無数の遺体が(うごめ)いている。

 既に生命活動を停止した肉体が起きあがり、歩き出す。

 凄まじい光景だった。


 中には肉体を酷く損傷させ、人の形を留めていない者もいる。

 それ以上に凄惨なのは、死者の群の中には小さな子供の姿もあったことだ。

 かつては小さくとも生命力に溢れていた身体が、今は人形のようにぎこちなく動く。

 まさにこの世のものとは思えぬ、凄惨な光景であった。

 

動く死体(ゾンビ)ね……」

 

 珍しくシグルーンは、気圧されたように後退(あとずさ)る。

 彼女達の行く手を阻む者達は、魔法の力によって操られた亡者、「ゾンビ」の群れであった。

 彼らには意志も無く、生前の記憶も無く、ただただ術者の命令を遂行するのみ。

 まさに絶対服従の奴隷である。

 

 だが、これは死者に対しての重大な冒涜であった。

 真っ当な魔術師――いや、正気の人間であれば、決して手を染めぬであろう邪法――。

 

「…………っ」

 

 メリジューヌは無言で槍を構えた。

 その表情には苦渋の色が浮かぶ。


「およしなさい……」

 

 シグルーンはメリジューヌの槍にそっと手を添えて、彼女の行動を制す。

 

「シグルーン様……」

 

「あなたが戦う必要は無いわ。

 私に任せなさい」

 

「しかし、我が国の民なのですっ!

 守ることができなかった今、私の手で眠らせてあげたい……。

 それが国を預かる王族としての、せめてもの償いと責務です!」

 

「…………」

 

 シグルーンは無言で静かに頷いた。

 

「ええ、あなたの気持ちはよく分かるわ。

 ……でも、今これだけの数の、死者の相手をしている余裕はないでしょう? 

 それに、どうやって彼らを葬ろうというの? 

 あなたのその武器では、彼らを破壊して動きを止めることしかできないのではなくて? 

 悔しいでしょうけど、ここは私に任せなさい。

 私なら、彼らを浄化する魔法もあるから……」

 

 シグルーンの言葉にメリジューヌはうつむく。

 そして、彼女は暫くの間沈黙していたが、


「…………お願い致します。

 皆を眠らせてあげて下さい」

 

 絞り出すような小さな声で答えながら、頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ