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―儚い希望―

 投稿した筈なのに、何故か反映されなかったので、もう1度投稿しています。

「……心配してくれたのかしら?」

 

 子供達の姿を認めたベルヒルデは、小さく微笑んだ。

 本当に心の底からリザンのことを蔑み、どうでもいい存在として扱っていたのならば、彼らはわざわざ戻ってはなかこなかったはずだ。


 あるいはリザン独りを置いて逃げたという、罪悪感からくる行為なのかもしれないが、それでも見捨てれば、心が痛むくらいにはリザンの存在を認めているということの証明である。

 これはリザンとベルヒルデの母娘にとって、現状を変える暁光(ぎょうこう)の兆しであった。


 それから暫くして、ジョージが母娘に歩み寄って来たが、彼は10mほど手前で止まり、それ以上近寄ろうとしなかった。

 彼は母娘に声をかけることを躊躇っているようだったが、やがて思い切って口を開いた。

 

「熊……大丈夫だったのか?」

 

「ええ、私が倒したわ」

 

 ベルヒルデが勝ち誇ったように、ジョージへ向けてピースサインを送る。

 ジョージは気圧されたように半歩ほど身を引いた。

 さすがに少し恐怖したのかもしれない。


 当然であろう。

 ベルヒルデの言葉が事実ならば、彼女は熊よりもよっぽど剣呑(けんのん)な存在だということになる。

 しかも彼女はなにやら大きな袋(熊の毛皮入り)を持ってはいるが、少なくとも剣や弓などの長い形状の武器が入るようには見えないことを考えると、素手かナイフ程度の殺傷力の低いはずの武器で熊を倒したということになるのだろうか。

 これは十分(おそ)れるに値する。

 

 実際のところ、あの熊の毛皮の(ぬし)を倒したのは、他ならぬベルヒルデであることは紛れもない事実であった。

 先日山菜を採りに森へ入った彼女が、たまたま遭遇した熊をついでに狩ってきたのだ。

 蛇足になるが、夕食の熊鍋は美味しかったそうな。

 

 ともかく、そんなベルヒルデの娘をイジメめるという行為は、ある意味熊以上の猛獣に喧嘩を売っているも同然なのである。

 それにジョージは、ベルヒルデがやる時はやってしまう(・・・・・・・・・・)性格だという噂を、聞き及んでいた。

 あくまで噂であるが、一族の誰かがベルヒルデを怒らせた結果、半殺しの目にあったという事実があるらしいと……。


 確かにベルヒルデには、かつて何処ぞの国で、女だてらに騎士団長を務めていたという噂があった。

 そして実際に、熊をも軽々と倒してしまうだけの実力はあるようだ。

 見た目からはあまり想像できないが、彼女は間違いなくなんらかの戦闘術において、達人のレベルに達している。

 

 だからと言って、ジョージは竜をも倒す戦士の一族の一員を相手に、人間が勝つなんてことがあるはずは無いと思っていた。

 斬竜剣士の一族が誇る戦闘技術は、おそらく世界随一のものであろう。

 それに加えて、竜に匹敵する身体能力である。


 たとえ偶然でも、人間が勝てるような相手ではないはずだ。

 ましてや半殺しなど、有り得ない。

 しかし今ベルヒルデを目の前にすると、噂はあながち嘘でも冗談でもないような気がしてくる。

 

「そうか……」

 

 だが、ジョージは怯えながらも、明らかに安堵した表情を浮かべた。

 何故そんな表情をしなければならないのか、それは自分でも分からないらしく、僅かに戸惑いの色も混じってはいたが、それでも確かに安堵している。

 

(ひょっとして、この子ってリザンちゃんのことが好きだったりして)

 

 ベルヒルデは目ざとく、淡い少年の想いを察した。

 好きな娘にどう接して良いのか分からず、ついイジメめてしまう――小さな男の子にはよくあることだという。

 だとすれば、リザンに対するイジメの問題も、案外早期に解消できるかもしれない。

 

「ありがとうね、心配してくれて」

 

 ベルヒルデがジョージに対して謝礼の言葉を述べると、

 

「し、心配なんかしてない」

 

 照れ隠しするかのように、ジョージはそっぽを向いた。

 そして、自分がここに来た表向きの理由はそういうことではない、とでも言うかのように、彼は宣言する。

 

「おまえ!」

 

「にゃ!?」

 

 ビシッと、ジョージに指さされたリザンは、ビクリと身を(すく)ませた。

 

「今日は邪魔が入ってしまったけど、今度ケンカする時は絶対に俺が勝つからな!」

 

 ジョージはそれだけ言い残すと、足早にその場を去る。

 リザンはポカンとして、ジョージの言葉を頭の中で反芻(はんすう)していた。

 だが、徐々にその意味が飲み込めてきた彼女の顔には、少しずつ明るさが宿る。


 ジョージは「ケンカ」と言った。

 今までは一方的な「イジメ」でしかなかったのに。

 これは大変な進歩だ。

 ジョージはリザンのことを、対等だと認めたのかもしれない。

 

「あたしだって、負ける訳にはいかないもん!」

 

 それは先ほど母と約束したばかりだ。

 リザンは笑顔で、ジョージの背に向けて叫んだ。

 彼女は自らを取り巻く状況が、少しだけ良い方向へと変わったような気がした。

 そして今までは想像することすらできなかった、友達と遊ぶ自分の姿を脳裏に描いた。


 今まではそんなささやかな望みでさえも無縁な生活だったが、もしかしたらそれが叶うようになるかもしれない。

 いや、もっと大きな幸せだって──。

 そんな希望を胸一杯に膨らませている娘の姿を見て、ベルヒルデは、

 

「早くみんなと、一緒に遊べるようになるといいわね」

 

(それもそんなに遠い先の話じゃないのかもしれないけど)

 

 と、心の中で付け足して笑う。

 

「うん!」

 

 母の言葉にリザンは、満面の笑顔で応える。


 だが、それが実現する日は永遠に来ない。

 ジョージとのケンカも、この日のそれが最初で最後となることを、リザンはまだ知らない。

 

 まだ、何者も知りはしない……。

 ジョージについては、いつか外伝でメインキャラとして書いてみたいと思いますが、たぶん外伝最後のエピソードになると思うので、書くのはかなり先の話になりそう。

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