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―閑話 さらば幼き日の思い出3―

 それから数時間後――。

 

 (くだん)のミノタウロスが出現するという道を、一行は進む。

 ザンは幼少時に親しんでいたキャラクターのモデルと出会えることを期待してか、終始ウキウキ、そわそわとしていた。

 そんな彼女を余所(よそ)にファーブは、

 

「普段、地上に現れないミノタウロスが出現するってことは、おそらく餌が不足しているんだろうな。

 奴らは雑食性だから、確実に俺達を餌にしようと襲ってくるだろう。

 周囲を警戒しておけよ」

 

 と、ルーフとフラウヒルデに注意を促す。

 それから更に暫くして、彼らの右手方向に生えていた木々が大きく揺れた。

 

「『モーミン』かっ!?」

 

 ザンは表情を輝かせ、喜々として音のした方へ視線を向ける。

 そこには――、

 

「ウモオォォ――――――っ!!」

 

 おぞましい唸り声を上げつつ、ザンの前に立ちはだかる巨大な影。

 その身長は約3m強。

 

 頭部は野獣の如く狂暴な(おもて)をした牛の顔で、口には鋭く黄色みがかかった歯が並んでいる。

 そこから興奮の為か、泡を噴き出していた。


 その下には人間と変わらぬ筋骨隆々の上半身をしており、手には巨大な棍棒を握っている。

 いかにも戦闘準備万全といった感じだ。 


 そして下半身は、剛毛に覆われた牛のそれが2本の足で直立しており、(ひづめ)が地面に食い込んでいる。


 それはまさしく、半人半獣の邪悪な怪物――ミノタウロスの姿であった。

 

「こ……」

 

 ミノタウロスは今にも襲いかからんと、頭上高く棍棒を振り上げる。

 しかしザンは、茫然とした表情でミノタウロスを見上げたままだ。

 

「ザンさん、危ない――っ!!」

 

 ルーフの絶叫。

 そして次の瞬間──、

 

「こんなの『モーミン』じゃないっっっっっ!!」

 

 ザンは、ルーフの絶叫をかき消す勢いで叫び、

 

「うわああああ――――――んっ!」

 

 身を(ひるがえ)して、泣きながらその場を走り去っていった。

 

「泣くほどショックですかっ!?」

 

「って、ザンさんも戦って――っ!!」

 

 最大の戦力が抜けて動揺する一同、とは言え、襲い来るミノタウロスを倒す為に彼らが要した時間は、わずか34秒であった。

 ザンがいれば10秒も必要無かったはずだが、この倒されたミノタウロスにとっては秒殺されたことには変わりない。


 相手が悪すぎた。

 合掌――。




「ザンがあれほどショックを受けるとはなぁ。

 つか、幼児退行していなかったか? 

 まだリヴァイアサン戦の、後遺症があったのか……」

 

 何処かへ走り去ったザンを捜しつつ、ファーブは半ば呆れた調子で言った。

 

「子供の頃の想い出が、壊れたんでしょうね。

 従姉殿にとっては、子供の頃の記憶は大切な物だったみたいですから……」

 

「そうですね。

 この200年間、戦ってばかりいたザンさんにとっては、子供の頃は数少ない幸せだった時間でしょうし……」

 

 しんみりとしたフラウヒルデの言葉に、ルーフもしんみりと返した。

 幸せな思い出を1つ失ってしまったザンのことを想うと、なんともやりきれない気持ちとなる

 

「まあともかく、1つ教訓を得たな。

 ザンには着ぐるみショーの舞台裏とかを、絶対に見せないようにしろよ、ルーフ?」

 

「…………だから、なんで僕に言うんですか? 

 まあ、確かに『中の人なんかいない』とか言い出しそうではありますけど……」

 

「あ、そうだ。

 従姉殿を元気付ける為に、次の町に着いたら、劇団の公演でも観せてやりますか?

 着ぐるみショーみたいのは、やっているのか分かりませんが……」

 

「おお、それはいいな」

 

「……何気に扱いが酷いような……。

 子供じゃないんですから……」

 

 と、ルーフ。

 

「そんなことより、ザンさんなら飴とか、甘い物でもあげておけば大丈夫ですよ」

 

「何気に、お前の方が酷いと思うがな……」

 

 と、ファーブは呻く。

 だが実際、ザンは美味しい食べ物を与えると、すぐに機嫌を直す。

 

「あ、従姉殿」

 

 その時、道の奥の方からザンが、照れ臭そうな顔で帰ってきた。

 意外と元気そうだ。

 

「大丈夫なんですか?」

 

「当たり前じゃないか。

 あんなことで、大丈夫じゃなくなる訳ないだろ……」

 

「泣いてた人間の言うセリフですか……?」

 

「いや……、あの……その、もう、ちゃんと現実を認識したから大丈夫だよ」

 

 ザンは照れ臭さからか、無意味に前髪を弄ったりかき上げたりするという、挙動不審な動作をしながら答えた。

 

「まあともかく、私の中の『モーミン』は死んだけど……」

 

「殺したんか?」

 

 ファーブの突っ込みをザンは無視した。

 自分に都合の悪いことは、「モーミン」も含め黙殺するに限ると判断したようだ。

 

「『モーミン』は死んだけど、私にはまだ『リーパー・パパ』がいる。

 これを支えにして、私は前向きに生きていくよ」

 

「…………………………」

 

 一欠片(ひとかけら)の希望にすがるような表情で語るザンを見つめながら、一同は無言となった。

 「リーパーパパ」とは、おそらくザンが幼い頃に読んでいた絵本に登場するキャラクターなのだろうが、何か嫌な予感がした。

 

「あの、ファーブさん……」

 

「ウォーター・リーパー。

 後ろ足が無い代わりに尻尾を持ち、前足が翼になったカエルの化け物。

 その姿はかなり奇怪にして醜悪……」

 

 ファーブがザンに聞こえぬようにと発した小声の呟きに、ルーフは「う」と、言葉を詰まらせる。

 

「………………ザンさんには黙っておきましょうね」

 

「…………だな」

 

「……知らぬが仏…………」

 

 フラウヒルデは、ザンへと哀れみの視線を送る。

 が、ザンは再び想い出に浸っているのか、またもや夢見るような表情になっていて、その視線には気付かなかった。

 

 そんなザンの姿を見て、一同は大きく溜め息を()いた。

 そして、世の中には知らない方が良いこともあるものだと、しみじみと実感するのだった。


     


 ちなみに、ザンが読んでいた絵本はシグルーンのおさがりであり、後日、この道を通りかかったシグルーンとクロが、今回の「モーミン事件」と似たような騒動を起こしていたということを、ザン達は知る(よし)もない。

 全5回の予定……だったけど、4回で終わりそうです。

 ちなみに当初は「ローパーハパ」だったけど、ローパーは著作権的にセーフかどうかよく分からないモンスターだったので変更しました。

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