―閑話 さらば幼き日の思い出2―
「ミノタウロスってのはね……、頭が牛で身体が人間なんだ」
「それはまた、面妖な……」
ザンの説明を聞いて、フラウヒルデは露骨に顔をしかめる。
まあ、確かにミノタウロスの容姿は、化け物以外の何者でもないが。
「あ、でも絵本の『モーミン』は、デフォルメされているから結構可愛いんだよ。
えと……こんな感じだったかな?」
と、ザンは木の枝で地面にガリガリと、「モーミン」なるものを描いて見せた。
意外と絵が上手い。
「なんでそんなに絵が上手に描けるのですか……」
「意外な才能ですね……」
「そう?
子供の頃は、独りでできるような遊びばかりしていた所為かな?
落書きもよくしていたよ」
「………………」
ザンはあっさりと言うが、それは友達がいなかったという重い告白であった。
それはともかく、ザンが描いたその姿は、「頭が牛で身体が人間」と言うよりは、牛が後ろ足で直立しているだけのようにも見える。
もっとも二頭身で、斑模様の丸っこい身体に、小さな手足が生えたその様はユーモラスで、不気味な印象は無かった。
「へ~、可愛いですね」
「うむ~、確かに子供ウケは良さそうですな……。
って、母上が似たようなヌイグルミを持っていたような……。
同種か?」
「な、可愛いだろ?」
みんなの反応が概ね良好だったことに気を良くしたのか、ザンは会心の笑みを浮かべる。
ただ、ミノタウロスの実態を知るファーブだけは、
「……ホルスタイン種のミノタウロスなんて、聞いたことも無いがな……」
と、冷静な突っ込みを入れた。
だが、調子付いたザンは構わずに、物語の粗筋を語り始めた。
懐かしさからか、その目はキラキラと輝いている。
「で、この『モーミン』と、その仲間達の日常的なエピソードを中心にして、物語が進んで行くんだ。
いつもウクレレを弾いている謎の旅人『砂吹き』とか、なんかニョロニョロした謎の生物とか、喋るカンガルーっぽい奴とか、色んなキャラがいて面白かったなぁ」
「……なんか、謎ばっかりですね」
「そもそもカンガルーとかいうのが、よく分かりません」
「メルヘンとか、ファンタジーってのはそういうものなんだよ。
でも、最後には『砂吹き』以外は、みんな冬眠して物語が終わっちゃうんだ。
あれは寂しかったなぁ……」
「いや、ミノタウロスは冬眠しないし……」
しみじみと語るザンへと、ファーブはまたもや冷静な突っ込みを入れる。
だがその言葉には、半ば童心に帰ってている彼女を止めるだけの力は無いようだった。
「よし! 早く行こ! 『モーミン』だ『モーミン』に会えるぞっ!」
と、はしゃぎ、歩み出すザン。
しかし、ルーフはそんな彼女を引き止める。
「いえ、危ないから村の人も、『行くな』と言っている訳ですし……」
「何言うんだよっ!? 『モーミン』が危ない訳ないだろっ!
訳の分からないこと言ってないで、はやく行くよっ!」
と、ザンは全く取り合おうとはせず、さっさと歩を進める。
「……訳の分からないこと言ってるのは、どっちですか……」
ルーフは呆れたように首を左右に振る。
まあ、竜を倒してしまうザンのことだ、ミノタウロス程度の怪物ではさほど脅威にはなるまい。
彼は彼女の暴走を放っておくことにした。
「従姉殿……現実とフィクションの区別が、全くついていませんぞ……」
「あいつはまだまだ純真だからなぁ……」
ファーブは大きく溜め息を吐きつつ、ルーフを見遣る。
「ありゃあ……子供とかできて、一緒に着ぐるみショーとかを観にいったら、子供以上に大ハマリするタイプだな。
気を付けろよ、ルーフ」
「……な、なんで僕に言うんですか……?」
ルーフはわずかに顔を紅く染めた。




