―閑話 さらば幼き日の思い出1―
今回は閑話です。全5回の予定。
とある小さな農村のはずれ――。
そこには2人の銀髪の女性が佇んでいた。
最早説明する必要も無いだろう。
ザンとフラウヒルデである。
「ルーフ、遅いね~」
ザンは気だるそうに呟いた。
どうやら2人は、旅仲間の少年であるルーフを、待っているらしい。
「歩くのが遅いですからなぁ、ルーフ殿は。
しかしそれを差し引いても、道を聞いてくるだけにしては、時間が掛かり過ぎているような……。
何かあったのではないですか?」
「また誘拐されたかなぁ?
あいつ可愛いから、性犯罪者の1人や2人、簡単にひっかけられるもんな」
と、ザンは笑う。
「笑いごとではないような……」
「まあ、大丈夫でしょ。
昔はともかく、今はルーフだってかなり強いんだし、ファーブも捜しに行ってるからすぐに見つかるよ」
「そうですね。
あ、噂をすれば……戻ってきたようですよ」
ザンがフラウヒルデの視線を追うと、村の方から1人の少年が駆け寄ってくる。
その後ろには、竜の目玉のファーブが続く。
「随分と遅かったじゃないか。
道は聞けたのか?」
「ええ、道は聞けたんですけど……」
と、ルーフは顔に困惑の色を浮かべて、言い淀む。
「……確かにこの道の先にある枝道から、タイタロスへと続く旧道の方に出られるらしいんですけど……。
ミノタウロスとかいう怪物が出るから、行かない方がいいって止められて……」
「へえぇ~、ミノタウロス!」
ルーフの言葉に、ザンは何故か表情を輝かせた。
「知っているのですか従姉殿?
なんとなく話に聞いたことはあるような気もしますが、私はよく分かりません」
「僕も」
「なんだ、ミノタウロスを知らないのか?
有名だぞ」
「いや、一般人には馴染みが無いだろ。
あいつらは洞窟とかに住んでいて、殆ど地上に出てこないからな」
そんなファーブの突っ込みに対して、ザンはご機嫌な様子で答える。
「そりゃあ、私だって本物を見たことないけどさ、ほら、『モーミン』と同じ種族だろ?
知っているだろ、『モーミン』」
「あ~、『モーミン』」
ルーフは一瞬理解の色を顔に浮かべたが、
「……なんですか、それ?」
やっぱり分からなかった。
ザンがまるで誰もが知っている一般常識のように語るので、ついつられて分かったようなつもりになったが、やはり知らない物は知らない。
フラウヒルデも同様に首を傾げている。
「なっ、知らないのか?
モーミンだぞ、『モーミン・ミノタウロス』。
絵本にあったじゃないか!」
ザンは心底驚いた様子で、ルーフとフラウヒルデを問い質す。
「そんなことを言われても……」
「ねぇ……?」
しかし、ルーフとフラウヒルデは、全く心当たりが無い──と、顔を見合わせた。
「……っていうか、ザンさんの子供の頃の絵本なんでしょ?
そんな200年も前の本なんて、僕達が読んでいる訳が無いじゃないですか」
「そうですよ。
私達にとっては、200年も前の絵本なんて、古文書も同然ですよ?」
「古文書!?」
「そうだな、そんな昔の絵本が現存するとしたら、博物館とかで展示されているかもな」
「博物館!?」
ザンは絵本という、幼少期の彼女にとっては日常的に触れていたものが、「太古の歴史のロマンを匂わせる出土品」みたいな扱いをされて、衝撃を受けていた。
「こ、これが、ジェネレーション・ギャップというものなのか……?」
「最早世代間の認識のズレ、とかいうレベルでもないような気もするがな」
「うううぅぅぅ~……」
ファーブのからかうような言葉を受けて、ザンは一気に落ち込んだ。
「で、結局『モーミン』……というか、ミノタウロスってなんなんですか?」
「……ミノタウロスってのはねぇ~」
ルーフに問われて、ザンはなんだか泣きそうな表情で説明を始めた。
明日は更新をお休みする予定です。




