―押し寄せる魂の悲鳴―
「はっ!?」
訳も分からぬ感覚を覚え、メリジューヌは覚醒した。
「…………何でしょうか……今の感じは……?」
何だか寒気がする。
しかもそれは只の寒気ではないようで、何かとてつもなくおぞましい物を目の当たりにしたかのような嫌悪感と、そして不安感を伴う物だった。
「今の夢の所為……?
……いえ」
そう呟きながら、メリジューヌは上半身を起こす。
「……私、助かったのでしょうか?」
暫し茫然として、彼女はようやくそのことに気が付いた。
周囲は岩だらけで、どうやら洞窟の中のようである。
何者かの手によって、ここに運び込まれたのだろう。
その証拠に、彼女の身体の上には毛布の代わりなのか、座布団ほどの大きさの植物の葉が数枚かけられていた。
それにしてもよく助かったものだと、メリジューヌは大きく息を吐く。
彼女は行き先を設定せずに転移を行ったのだ。
今頃は岩の中に実体化していても、おかしくはなかった。
少なくとも何らかの物体に接触し、融合しているのが当たり前の状況だったのだ。
しかし、これといって身体に異常は見当たらない。
これは神懸かり的な強運だと言っていい。
まさに奇跡だ。
「それにしても、ここは何処なのでしょう……?」
メリジューヌは周囲に意識を向けるが、どうにも洞窟などの遮蔽物に囲まれている場所では感覚が鈍る。
空気が滞りやすい為にその流れが読みにくく、更に音も反響して聞き取ることを阻害する。
また、日光も差し込んで来ない所為で、太陽の熱を感じてその位置から方角を知る手段も使えない。
これは視力を頼りとしない彼女にとっては、少々厄介な問題であった。
まあ、それでも常人以上の活動は可能ではある。
そうでなければアースガル城の地下における、ザンとの戦闘も有り得なかった。
ただ、酷く神経を使うので体力の消耗が激しいのだ。
特に今の彼女のように、死の寸前まで身体を痛めつけられた後ならば、尚のこと辛い。
「あ……あちらの方からわずかに風が……。
出口でしょうか?」
メリジューヌは微かに空気の流れを感じ取り、その流れの行き先へとヨロヨロとした足取りで向かう。
その時である、
「あっ、まだ寝ていなくちゃ駄目じゃない!」
メリジューヌが進もうとしていた方向の奥から、声が聞こえてきた。
「……その声は……もしや、私を助けてくれた御方ですか?」
「そうよ。
……って言っても、血だらけで倒れていたあなたを、ここに運んで来ただけだけどね。
怪我とかはあなたの再生能力で、大方治っていたようね。
特に手当ての必要も無かったわ」
「いえいえ、どうやら安全な場所まで運んでいただけたようで……。
それだけでも十分助かりました。
本当にありがとうございました」
メリジューヌはペコリとお辞儀をした。
「それにしても、血の臭いがするからと行ってみれば、血だらけであなたが倒れているじゃないの。
一体何があったの?
メリジューヌ殿下」
「あ……?
何故、私の名を?」
「いやねぇ、まだ気が付いていなかったの?
目の見えないあなたまで、見た目に惑わされないでよ」
と、その声の主は笑った。
「え……?
いえ、でも……その……心当たりはあるのですが、その御方よりも、心なしか縮んでいるように感じられたもので……」
それに聞こえてくる声も、聞き覚えのあるものから比べると明らかに幼い。
「フフ、ちょっと、気分転換に姿を変えてみたのよ」
「は、はあ……やっぱりシグルーン様なのですか」
メリジューヌは釈然としない面持ちながらも頷いた。
理解はできなくとも、現実に目の前で起こっている現象なのだから、そういうものなのかと納得しなければ話は進まない。
「……はっ! こんなところでのんびりしている場合ではありません。
早くお父様の所へ!!
おそらく、リザン様の身に危険が及んでいますっ!」
「それ……どういうこと?」
シグルーンの声音が、わずかに厳しくなる。
「それは移動しながら説明致します。
とにかく早くっ!」
「わかったわ。
まだタイタロスへの街道を進んでいるはず。
急げばすぐに追いつく――って何、この気配っ!?」
シグルーンは珍しく狼狽気味に、すっとんきょうな声を上げた。
しかしそれだけとてつもない気配を、彼女は感じ取ったのだ。
そして、それはメリジューヌも同じく。
「こ……これは、あの時の感覚に似ている……。
沢山の人間の命が一瞬にして奪われた、あの時の感覚に……!!」
メリジューヌは頭を抱え、地に蹲りそうになった。
その身体は恐怖からか、小刻みに震えている。
幼き日に見た、あの凄惨な光景を思い出しているのだろうか。
「……皇都の方からね。
……一瞬、もっと近くで気配を感じたような気もするけど……やっぱり、タイタロスの皇都からだわ……」
シグルーンの声は緊張に満ちていた。
「そんな……そんな……沢山の悲鳴が聞こえる!
沢山の命が一瞬にして消えていっている。
しかも、それがまだ……まだまだ増えていってるっ!
一体……一体都で、何が起こっているのですかっ!?」
メリジューヌは恐慌状態に陥りそうになるのを、必死で耐えた。
ほんの少し気を抜けば、それだけで何も考えられなくなりそうだった。
その目には涙が滲む。
「とにかく、皇都へ向かいましょう、殿下」
「そ、そうですわね。
おそらく、そこに行けばお父様にも会えるはず……」
「無事ならリザンちゃん達も、駆けつけてくるはずよ」
「はい……」
メリジューヌは力なく応じる。
何か……何かとてつもなく嫌な予感がしてならなかった。




