― 嘘 ―
今回もちょっと短めです。
少女は血溜まりの中から、わずかに顔を上げた。
並の人間なら即死してもおかしくないような斬り傷を負ってなお、彼女はまだ生きている。
いや、それどころか、既に溢れていた出血も止まり、傷口も徐々に塞がりつつある。
竜が持つ再生能力を、彼女も父から受け継いでいたのだ。
少女は霞む視界の先に、父の姿を発見した。
「お……父様……」
しかし父には、その呼び声は届かない。
彼が発した凄まじい慟哭の叫びに、少女のか細い声は全てかき消されてしまったのだから。
そんな父の腕の中には、ピクリとも動かない母の姿が――。
少女は大きく目を見開いた。
彼女の視線の先で、父の姿が大きく膨れ上がる。
しかもそれは、膨張するだけではなく蛇体の如く長く伸び、更には肩口から無数の蛇に似た首が生えてゆく。
そこには異形の竜の姿があった。
(…………嘘)
少女は茫然と、かつて父の姿をしていた存在を見上げた。
身体は知らず知らずのうちに小刻みに震え、やがてその震えは痙攣とも思えるほど激しくなっていく。
(こんなの……こんなの嘘です。
悪い夢ですっ!)
少女は必死で目の前の現実を否定しようとしていた。
悪夢ならいつかは覚める。
この恐怖も目覚めると同時に、忘れてしまうだろう。
だが、現実は――。
その時だ、竜はその数多の口腔から、無数の火球を吐き出した。
町の随所から巨大な爆炎が上がる。
瓦礫が舞い上がり、それは少女の頭上にも降り注いだ。
そんな瓦礫の破片が、少女の頬を浅く斬り裂いた。
夢とは思えない鮮明な痛み――。
少女の目からは大粒の涙が溢れ出す。
(これ……本当のことなのですか?
……なんでみんな真っ赤になって、動かないのですか?
なんで町が燃えているのですか?
どうして……お父様があんな……?
これがセンソウ……なのですか?
嫌だ……こんなの嫌だよ!)
震える少女をその場に残し、竜は唐突に空へと飛び上がる。
そしてその無数の首は、全方位に向かって火球を撃ち放った。
何百何千にも及ぶ火球の群れは、周囲の風景を悉く紅く染め上げてゆく。
更に次の瞬間、周囲は眩い閃光に照らしだされた。
巨大な光の柱が、街を襲った軍団の本拠地があるトーネ地方の方角へと落ちるのが見えた。
直後、巨大な爆発と共に黒煙が、白雲を吹き散らすかのように立ち上る。
(なんで……あたしにこんなもの見せるのですか?
なんでこんな嘘ばっかり見せるのですか?
こんな怖いもの見たくない……こんな怖いことばっかり見る目なら──)
少女は恐怖で意識が途切れそうになる中、我知らず叫んでいた。
「こんな目なんていらない……っ!!」
そこで彼女の意識は途切れる。
それから数日後、生き残った人々の手によって、少女は瓦礫の中から奇跡的に救出された。
そんな彼女の目は――、
完全に光を失っていた。




