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―翻 弄― 

 テュポーンの斬撃は、確実にザンを捉えようとしていた。

 真空によって空気の抵抗を受けないテュポーンの動きは、彼女の予想以上に速い。

 いや、空気抵抗の影響が無いだけではないのだろう。

 真空の空間に流れ込もうとしている大気の、爆発的な追い風を利用したのか。

 

「がっ!」

 

 テュポーンの剣の直撃を受けたザンは、大きく弾かれて後方の(やぶ)に突っ込む。

 だが幸いにも、彼女が着込んでいたスーツの鋼鉄並みの強度に守られ、大きなダメージには至っていないようだ。

 ――現時点では、だが。

 

「我が敵を斬り裂かんが為、風霊()く来よ──」

 

 更にテュポーンの攻撃は続く。

 

風牙(トーガ)!」

 

 風魔法によって生み出された無数の衝撃波の刃が、ザンを襲う。

 彼女はすぐさま回避行動に移るが、

 

「!?」

 

 見えない壁に衝突し、動きを阻害された。

 圧縮された空気の層である。

 身動きを封じられたザンに、テュポーンの放った衝撃波が容赦なく迫り、そして直撃――。

 

「ぐううっ!」

 

 衝撃により空中高く跳ね上げられるザン。

 しかし再び圧縮された空気の層に囲まれたのか、彼女の体は空中で静止した。

 

「くっ、何をするつもりだっ!?」

 

 今し方の攻撃を受けてもなお健在なザンは、鋭い視線をテュポーンへと送った。

 だが、テュポーンは微塵も動ずることなく告げる。

 

「今、貴様を取り囲んでいるのは、圧縮された酸素を主体とした物だ。

 そのままの状態でも、いずれは酸素に酔って戦闘不能になるだろう……」

 

 テュポーンの言葉通り、多くの生物にとって生命活動を行う上で絶対的に必要な酸素も、実は超高分圧状態でそれを吸い続けると中毒症状を引き起こし、時としてそれは人体に致命的な症状を引き起こすことがある。

 

「はぁ?」

 

 だが、その言葉の意味が分からなかったザンは、間の抜けた声を上げた。

 まあ、酸素の性質などはこの時代において、一般的なものとしては知られていないのだから無理もない。

 しかし彼女が、かなり危険な状態に置かれているのは事実である。

 なにせ、酸素の恐ろしいところは、他にもあるのだから。

 

「……酸素は物を燃やす為には不可欠な物質だ。

 そこに可燃性のガスも混ざっていたとすれば、どうなると思う……?」

 

「!!」

 

 テュポーンはザン目掛けて、(てのひら)から火球を放った。

 結果、高密度に圧縮されていた酸素と可燃性のガスは反応して一気に燃焼を始め、大爆発を引き起こした。

 

「ザン!」

 

「ザンさんっ!」

 

「従姉殿ぉ!」

 

 ファーブ達の間から悲鳴が上がる。

 いかにザンとて、あの爆発の直撃を受ければ無事では済まない――かのように見えた。

 

「!?」

 

 だが、空中に拡がる爆炎は不自然な動きを見せる。

 何故かテュポーンの方に、集中して押し寄せてくるのだ。

 

「――っ!」

 

 テュポーンは即座に爆炎を回避しようと後方に跳んだ。

 しかし次の瞬間、空中に広がる爆炎の中から、凄まじいスピードでザンが飛び出す。

 それは足場の無い空中で出すのは不可能に思えるほど、常軌を逸したスピードだった。

 おそらくテュポーンを真似て、結界を踏み台にしたのか。

 

 そのザンの剣は、先程の飛燕剣狼牙と同じ技のようだが、上空からの刺突攻撃である。

 落下の勢いも加わったのか、以前のものよりも数段速い。

 

 だが、テュポーンはその攻撃すらも回避した。

 しかしそれでも、ザンは強引に身体を捻り、テュポーン目掛けて剣を振り抜く。

 

「っ!!」

 

 今度こそザンの剣は、テュポーンの脇腹へと食い込んだ。

 それにも関わらず、テュポーンは構わずに彼女目掛けて斬撃を繰り出す。

 彼女の身体はまだ空中で、しかも剣はテュポーンの身体に食い込んでいる。

 まともな回避行動も、剣による防御もできないはずだった。

 

「――くっ、ちいぃっ!」

 

 ところが悔しげに舌打ちしたのは、テュポーンの方だった。

 爆炎の炎は未だ彼目掛けて迫ってきていたのだ。

 止むを得ず彼は、攻撃を中断して安全圏まで逃れ――そして2人は、距離をあけて対峙する。

 

「……ヴリトラの能力……奴の血を物にしたという訳か。

 やってくれる……」

 

 テュポーンは苦々(にがにが)しげな笑いを浮かべた。

 それに対してザンも──、

 

「少々不本意だけど、利用できる物は利用させてもらう。

 私に炎は効かないよ?」

 

 と、勝ち誇ったように言うが、唯一の武器はまだテュポーンの腹に食い込んだままだ。

 窮地に立たされたのは彼女の方である。

 その表面的な明るさも、強がりに過ぎないのだろう。

 

「あああ……まずい、まずいよ……」

 

 と、状況の悪さを察したルーフは、オロオロとした。

 ファーブも「そろそろか……」と、戦闘準備を整え始める。

 同じくフラウヒルデも刀の柄に手をかけ、いつでも刀身を抜けるように身構えた。

 

 そんな一同の動向に、テュポーンも気付いていない訳ではないのだろうが、完全に無視して脇腹の剣を引き抜きつつ――さほど大きなダメージではないらしい――ザンに語りかける。

 

「なるほど……貴様の実力はよく分かった……。

 もう少し本気を出さねば(らち)があかぬか……」

 

 そしてテュポーンは、ファーブ達目掛けて手を振るう。


「!?」

 

 その瞬間、一同は結界らしき球体の中に封じ込められた。

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