―封印解除―
「さて、新技を試させてもらおうかな」
まだ体勢を整え終わらないテュポーン目掛けて、ザンは突き進む。
剣を突き出すように構え、そのまま真っ直ぐに跳躍――。
「はあっ!」
ザンはあたかも1本の槍と化して、テュポーンへと襲いかかった。
それは彼女がシグルーンの書斎で見つけた母ベルヒルデが記した奥義書から学んだ技の1つ、「飛燕剣狼牙」である。
ザンの剣は地面に巨大な窪みを穿った。
しかしテュポーンは寸前で躱しており、受けたダメージは皆無である。
「凄い……飛燕凄轟斬華よりも下位の技のはずなのに、私の放つ飛燕凄轟斬華以上の威力がある!」
フラウヒルデは驚嘆するが、ザンはあっさりと、
「いや、当たらなきゃ、どんなに威力があっても意味は無いさ。
やっぱ、刺突攻撃は命中率が低いな。
要改良……と。
それにしても、下位の竜なら即死するような蹴りをくらってなお、ああも簡単に技を避けられるとは思わなかったよ……」
「竜が即死って……」
ザンに蹴られたことのあるルーフは、顔を青く染めた。
勿論、その時のザンの蹴りはかなり手加減されていたはずだが、加減が一歩間違っていたらと思うと怖過ぎる。
「いや……さすがに効いた。
自ら飛んで、衝撃を逃がしていたはずなのだがな……。
しかし最大の武器であるはずの剣に頼らぬとは、型はずれよな」
と、テュポーンは笑みを浮かべた。
「ふふん、それが我流の強みだからね」
ザンもまた笑みを浮かべ返す。
「なんか……楽しそうですね、ザンさんってば」
「間違い無く楽しんでいるな。
ああいうところは父親そっくりだ」
「そ、そんな余裕があるのですか、ファーブニル殿?」
「ん……テュポーン相手に、余裕なんてあるはずは無いんだけどな。
だが、ザンはあれでいいのさ。
楽しんでいる分、勝ち負けとか余計なことを考えずに、全力を出そうとするからな。
敵としては、以前の復讐にこだわっていた頃のザンよりもある意味厄介だぜ?
ザンもそれが分かっているから、戦いを楽しもうとしているんだろう。
だが、テュポーンもそろそろ本気を出してくるぞ……」
ファーブの言葉に、ルーフとフラウヒルデは、緊張に満ちた表情でゴクリと喉を鳴らせた。
「型にはまらぬ戦士は厄介だな。
……まあ、私も剣に頼った戦い方ばかりが能ではないが……。
私の本来の能力は、大気を操ること……。
そろそろ使わせてもらおうか」
「へぇ……竜の能力を使うのか?」
「使わねば少々分が悪いようだ」
どうやらテュポーンは、ザンの能力を高く評価したらしい。
事実、ザンはまだ斬竜剣士としての能力は殆ど使ってはおらず、まだまだ剣技と体術のみで戦っているに過ぎない。
だが、それでも並の竜や斬竜剣士よりも確実に強い。
そしてザンの真骨頂は、斬竜剣の能力を引き出してからであり、まだまだこれからである。
そんな彼女が相手では、さすがのテュポーンも実力の一部を解放しない訳にはいかないのだろう。
「ではゆくぞ……」
テュポーンはザンへ向けて左掌を突き出し、小さく呟く。
「退け」
「!?」
唐突にザンの周囲の空気が瞬時に消え失せる。
それは並の人間ならば、即窒息するであろう致命的な状態だ。
しかし、並の人間ではないザンは、水中でも10分程度は潜り続けることが可能な身体能力がある。
今すぐどうこうなってしまうほ、ど柔ではなかった。
だが、致命的な危機を脱した訳ではない。
真空の空間においては、液体の沸点は極端に下がる。
ここにあまり長居をすれば、体内はともかく、目と鼻腔と口腔、そして果ては肌からすら、水分が蒸発し始めるだろう。
そしてすぐに五感が使い物にならなくなる。
勿論、真空が故に、そこは無音の世界だ。
それらが全くの無害だということは有り得ない。
そう、ほんの些細な隙が勝敗を分ける達人同士のこの戦いの中において、五感を害されることはまさに致命的な状態なのである。
ザンには1秒でも早く、この圧倒的に不利な真空の空間から脱出する必要があった。
だが、それをテュポーンが見逃すはずもない。
「――!!」
テュポーンが突入してくる気配を感じ取り、ザンは慌ててその場から飛び退いた。
視覚や聴覚、そして触覚によって大気の流れを感じ取らずにそれを感知できたのは、まさに驚嘆すべき勘だと言える。
しかし――、
(なっ、回避が間に合わない!?)
テュポーンの斬撃は、ザンの身体を確実に捉えていた。




