―帝王の力―
「ちょっ、ファーブさん、そんな呑気にしていて本当に大丈夫なんですか!?」
「そうですよ、ファーブニル殿!
何か私達にできることは無いのですか!?」
「う~ん、ザンの言う通り、なるようにしかならんよ。
なにせ四天王の中でも、テュポーンはリヴァイアサンより上だ──と、俺は思っていたほどの実力者だ。
お前らが何かしようとしたところで、話にもならん」
「…………!!」
ルーフとフラウヒルデは、顔を青く染めた。
ファーブの言葉は、「絶望しろ」と言っているに等しい。
「だが、さっきも言ったように、ザンが危なくなったら俺は命懸けで助けに入るぞ。
お前達もその覚悟があるのなら、その時まで我慢していろ」
「はい!」
元気よくそう答えるルーフとフラウヒルデの顔には、迷いの色は無かった。
とはいえ、ザンはまだ戦っておらず、実際にはピンチにすら陥っていない。
今はまだ、そのような状況にならないことを祈るのみだ。
「さ~て、そろそろいかせてもらうよ。
一応覚悟はしておいてね」
「……おそらく必要は無いがな」
と、テュポーンは頷く。
「――言ってろ!」
「速いっ!」
凄まじいスピードで駆けるザンの姿に、フラウヒルデは思わず叫んだ。
ファーブも驚きを隠せない声音で唸る。
「また速くなってやがる……。
俺の血が効いたか?」
しかしそんなザンによる神速の踏み込みも、テュポーンはまるで反応できないかのように動じなかった。
横薙ぎの斬撃が彼を襲うが、彼はゆったりとした動きで半歩引いて身体を捻り、その斬撃をあっさりと躱してしまう。
しかも目の前を通りすぎつつあるザンの剣に、彼は手を添えて軽く力を加える。
「わっ!?」
すると、必要以上に勢いの乗ったザンの身体は独楽のように回転し、テュポーンへと隙だらけの背中を見せることとなる。
すかさず、テュポーンの斬撃がザンを襲った。
「くっ!」
ザンは迷わずに地面に飛び込み、その斬撃から逃れた。
そんな彼女に向かってテュポーンは跳躍し、剣を振り降ろしてくる。
(迎撃してやるっ!)
ザンは地面から起き上がる途中の体勢で、テュポーン目掛けて剣を振り上げた。
足場の無い空中では酷く動きが制限される。
いかにザンが剣を扱うには不利な体勢から繰り出した一撃とはいえ、そう簡単には回避できるものではないだろう。
しかしテュポーンは、ザンの剣と接触する寸前に、直角と言えるほど急激に進路を変えた。
「なっ!?」
そしてテュポーンはザンの死角にあたる位置に着地し、すぐさま彼女へと斬撃を加えた。
ザンはそれを反射的に回避するが、斬撃は更に無数に打ち込まれる。
彼女はそれを躱すだけで精一杯だ。
「な、何ですか、ファーブニル殿っ!?
今、空中で曲がりましたよ!?」
「ぼ、僕にもそう見えました……。
まさか、飛行魔法ですか?」
「いや……あれは圧縮した空気を踏み台にして、方向を変えたんだ。
俺も昔よく使った手だな。
ってゆーか、テュポーンの真似だったんだが……。
闘気や結界でも応用が利くから、覚えておいた方がいいぞ?」
「は……はあ。
それにしても、凄くないですか、あの男?
従姉殿があそこまで翻弄されるなんて……」
「当然だ。
単純な力の強さにおいては、邪竜王やリヴァイアサンには及ばなかったのだろうが、戦闘技術に関しては、テュポーンはおそらく竜種の中でも1~2を争う使い手だからな」
何故かファーブは自慢げに語った。
どうやら彼は、テュポーンのことを尊敬していたらしい。
「でも……これザンさん、いきなり危なくないですか?」
「いや、ザンも完全には本気を出してはいないだろ。
まだまだこれからさ」
だが、そんなファーブの言葉とは裏腹に、ザンは全身汗だくとなってテュポーンと対峙していた。
既に呼吸も乱れ、顔にも焦りの色が濃い。
(くっ……大した速くもないのに、目茶苦茶攻め方が上手い。
なんであんな簡単に、私の死角を突いてこられるんだっ!?
クソっ、剣の技術でこんなに後れを取ったのは初めてだ!)
初めての経験に、ザンは悔しそうに小さく舌打ちした。
「どうした、もう攻めてこないのか?
ならばこのまま私が攻め続けるが、防戦だけでは勝ち目は無いぞ?」
テュポーンは大剣をザンの足下目掛けて、横薙ぎに払った。
(だけど、私だって伊達に200年も戦い続けて来た訳じゃないっ!)
ザンは地に剣を突き立てて、テュポーンの剣を止めた。
そして、そのまま棒高跳びの要領で跳躍し、テュポーンの背後に背中合わせの形で着地――。
勿論、剣は跳躍と同時に地面から引き抜いている。
「むっ!」
テュポーンは素早く振り向き、ザンが繰り出すであろう次なる攻撃に備える。
彼女が着地した時の体勢や間合いを考えると、おそらく次に来る攻撃は振り向きざまに横薙ぎの斬撃。
それならば右か左、どちらから来るのかが分かりさえすれば、防ぐのはさほど難しくはない。
彼ほどの実力者ならば、太刀筋を確認した後でも十分に対応できるはずだ。
ところが、ザンのその攻撃はテュポーンの予想を超えていた。
いや、大きく下回っていたと言うべきだろうか。
振り返った彼の視界に、ザンの姿が無い。
「ていっ!」
「!?」
ザンが低く身を屈めて繰り出した足払いを、テュポーンはまともに受けてしまい、体勢を大きく崩す。
「もう、いっちょ!」
そして更に、ザンが繰り出した回し蹴りを頭部に受けて、テュポーンは吹っ飛んだ。
「ふふん、背後を取ったんだから、トドメ刺しに来ると思ったんでしょ?
でも、勝ちは焦っちゃ駄目なんだよね。
こういう時こそフェイントさ!」
と、ザンは戯けたように言う。
だが、少々負け惜しみも入っていたのかもしれない。
やはり本音としては、剣でトドメを刺しにいきたかったところなのだろう。
まあ、それが通用しないと予想して、とっさに戦法を変えた辺りはさすがではあるが。
しかし、ザンの勝ち目はまだ見えていなかった。
急激な方向転換は、4章でもやっていますね。そこでハッキリと描写しなかったのは、今回の為です。




