表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
244/430

―犠 牲―

 少々残虐な描写があります。

「エトナ、メリジューヌっ!」

 

 テュポーンは必死で町の中を駆け抜けた。

 異変に気付いた彼が町外れの自宅から町へと辿り着いたその時、町の全域は既に敵に蹂躙(じゅうりん)されつつあった。

 

 最初の魔法攻撃によって混乱に陥った住人達は、戦うことはおろか、逃げることさえもままならなかった。

 そこへ敵の本隊が突入してくる。

 

 後は一方的な侵略行為。

 人々は抵抗の有無に関わらず、時として命までも奪われた。

 テュポーンは哀れな犠牲者達の姿に目をとめず、行く手を遮る敵を殆ど無意識の内に(ほふ)りつつ、ただひたすらに妻と娘の姿を探し求めた。

 

 そしてついにテュポーンは、妻と娘の姿を見つけ出す。

 

「――――――!!」

 

 だが、遅過ぎた。

 そこには数人の男に取り囲まれて蹲る、エトナの姿があった。

 身体がわずかに震えているので、まだ生きていることだけは分かるが、彼女の服は紅く染まっていた。

 

「貴様ら……妻に何をした?」

 

 憤怒(ぬんぬ)の表情で歩み寄るテュポーンの姿に気づいた男達は、へらへらと笑いながら答える。

 

「あ、お前の嫁さんかい? 

 なに、楽しいことに付き合ってもらおうと思ったんだが、抵抗したんで、つい……な」

 

 その男が手にした剣は血に濡れていた。

 

「……娘に……何をした?」

 

「ガキはギャアギャア泣いてうるさかったんでな、先に黙ってもらった。

 全く(しつけ)が足りないぜ、お父さんよぉ」

 

 男達はギャハハと下品な哄笑を上げる。

 そんな彼らの足下には、メリジューヌが血溜まりの中にうつ伏せで倒れ込んでいた。

 

「まあ、ついでだから親子3人、あの世で再会させてやろうか?」

 

 と、男達はテュポーンに剣を向ける。

 彼らは素手のテュポーンを殺すことなど、容易(たやす)いと思っているようだ。

 

「貴様ら………………!!」

 

 しかしテュポーンから放たれた凄まじい殺気を感じ、男達はとんでもない間違いをしていることを悟った。

 だが、彼らの命運は、竜の怒りに触れた瞬間に尽きていた。

 

「消えろっ!」

 

「は…………?」

 

 男達は何が起きたのか分からないのか、間の抜けた声を上げた。

 彼らの間に風が通り抜けた――理解できたのはそれだけだった。 

 次の瞬間、彼らは自らの首の切断面を目撃する。

 

 テュポーンは腕のたった一振りで、そこから発生した風の刃によって全員の首を()ね飛ばした。

 いや、それだけにとどまらない。

 更に次の瞬間、男達の身体は数百にも及ぶに肉片に斬り分けられ、それを残った首が地に落ちるまでの間、茫然と眺めて――いや、その首も地に到達したと同時に原形も残らないほど細切れにされた。

 

 バケツの水をぶちまけたような水音と共に、血と肉片のが飛沫が舞い上がる。

 だが、テュポーンは男達の死などまるで眼中には無いようで、慌てて妻に駆け寄った。

 

「エトナっ!」

 

「………………テューポエウス?」

 エトナはテュポーンに(かか)え起こされると、わずかに目を開けた。

 しかし目の焦点は定まっておらず、既に光を失っているようだ。

 

「き……てくれたのね。

 ごめんなさい、あたしメリジューヌを……ま、守れなかった……」

 

 エトナの声は嗚咽(おえつ)に近かった。

 それが今にも尽きそうな彼女の呼吸を乱し、咳き込ませる。

 

「もう喋るな、身体に障るっ!」

 

「いいの……どうせ、最後だから……」

 

「エトナっ!」

 

 テュポーンは怒号する。

 しかし、エトナは更に言葉を継ぐ。

 

「ごめんなさい……こんな思いをさせて。

 ……あなたが本当は何者なのか……それは知らないけど…………でも、に、人間を嫌いにならないでね……?」

 

「嫌いになるものかっ、お前だって人間じゃないか!!」

 

「そう……そうだよね……。

 ごめんなさい……何言ってるんだろ、あたし。

 テューポエウスだって……人間だものね。

 ……だ、だってこんなに涙か溢れているんだもの……」

 

 エトナの顔にいくつもの水滴が落ちる。

 そしてエトナは残る力を振り絞って、テュポーンの頬に手で触れた。

 そこには、人の心を証明する流れが――。

 

「今までありがとう……。

 あの時、あたしを助けてくれたこと、本当に……感謝しているか……ら」

 

 そして言葉は永久に途切れ、テュポーンの頬に触れていた彼女の手は力無く地に落ちる。

 

「……エトナ?」

 

 テュポーンは妻の身体を揺さぶる。

 しかし、何の反応も返ってはこない。

 

「エトナ、エトナ、エトナっ、エトナっ エトナぁぁっ!!!」

 

 何度名を呼んでも返事は無い。

 テュポーンはエトナの身体を強く抱きしめた。

 小さな身体だ。しかし、つい先程まで生命に満ち溢れていた。

 そして1つの命を生みだし、(はぐく)んだ偉大な身体だ。

 

 だが、もう動かない。

 そして、徐々に冷たく――。

 

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――!!」

 

 テュポーンは叫んでいた。

 生まれて初めて心の底から嘆き、我を失うほどの怒りを知った。

 

 最早、何も考えることができなかった。

 彼は今まで封印していた竜の力を、本能のままに開放する。




 その日、タイタロスの地は、再び焦土と化した。

 明日は更新を休む可能性があります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ