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―追い詰められし襲撃者―

「た……助けてくれ」

 

 薄暗い森を縦断する街道の真ん中に、小さな男が蹲っていた。

 小さな男――いや、彼自身の背丈(せたけ)はそれほど小柄ではない。

 しかし異様に痩せこけており、だから身体が小さく見える。

 彼は明らかに栄養を失調していた。

 このままでは餓死するのも、さほど遠い先の話ではないのかもしれない。

 

 そんな男の右腕には、真新しい斬り傷――まだ血が溢れ出ている。

 

「……助けてくれ、か。

 剣で襲いかかってきた者が言う言葉ではないな。

 一度(ひとたび)剣を交えれば、相手を(あや)めることも、逆に返り討ちに遭うこともある。

 その覚悟も無しに剣を持つのは、愚者(ぐしゃ)のすることだ。

 どのみち殺されても文句は言えぬ」

 

 男の前に立つテュポーンは、抑揚無く言い放った。

 

「し……仕方が無かったんだ。

 娘が飢えていて、追い剥ぎをしてでも食料を手に入れなきゃ死んじまう! 

 それにあんたを殺すつもりなんて、無かったんだ。

 ただちょっと脅して、それで少しでも食料を貰えればそれでよかったんだよぉ!」

 

 男は泣きそうな声で弁明する。

 いや、目に涙こそ無いが、実際に泣いていたのだろう。

 

「……別に命が惜しくて、命乞いをしているんじゃない。

 俺が死んだら、誰も娘の面倒をみる奴がいないんだ。

 俺が死ねば娘まで死んでしまう。

 だからお願いだ、助けてくれっ!」

 

「……………………ふむ」

 

 テュポーンは軽く首を捻った。

 男の処理をどうしたものかと、迷っている様子だ。

 

 彼が突然の襲撃に遭ったのは、とある仕事の為に住処としていた町から隣町へと向かう途中のことであった。

 しかし当然並の襲撃者に(おく)れを取るはずも無く、あっさりと襲撃者を撃退していた。

 その襲撃者が、今彼の目の前で必死に命乞いをしている男である。

 

 テュポーンは略奪者にかける情けを、持ち合わせていないかった。

 先程の彼の言葉通り、剣を持ち、それを人に向けた以上、返り討ちに遭ったとしても文句は言えない。

 

 たとえその覚悟ができていなかったとしても――いや、覚悟ができていないのならなおのこと、この男を許さなければならない理由は無かった。

 自身の命を懸ける覚悟も無しに、他者を傷つけ、命を奪うことのできる(やいば)を手にする――それは自身だけは安全であるという、慢心が故か。

 それとも他者の命を、果ては自らの命までもを軽んじてのことだろうか。

 いずれにせよ、その浅慮で傲慢な愚かしさは、許しがたき罪だ。

 

 人の罪は「何をしてしまったのか」、ということだけではなく、「何をしようとしていたのか」――その部分にも見出すことができるとテュポーンは考えていた。

 結果として、襲撃を受けた彼は無傷であったが、しかし襲われていたのが身を守る術を持たない弱者であったのならば、その者は命を落としていたかもしれないのだ。

 

 やはり男には無視できない罪があり、命乞いをする資格など無い。

 本来ならば男の懇願は、聞き届けられることはなかっただろう。

 

 だが、男の痩せ細った姿と、彼の娘が餓死しそうだという事実を鑑みてみると、事情は少し違ってくる。

 恐らく男は、かなり追い詰められていたに違いない。

 

 それはいかにも戦士然としていて、襲撃の標的とするには明らかに不向きなテュポーンを襲おうとしたことからも分かる。

 飢餓感と娘を助けようとする焦りが、男の冷静な判断能力を奪っていたのだ。

 

(許しがたいことではあるが……子が飢えていたのならば、仕方無きことでもあるか……)

 

 人間は自らの子供の為ならば、命の危険も(かえり)みない場合が多い。

 子を得たことの無い――ましてや根本的に人間とは違う生物のテュポーンにとって、正直その行動は理解仕切れない部分もあるが、彼が命の重みを知った今、男がどれだけ必死だったのか、それを推し量ることぐらいはできた。

 全く同情の余地が無い訳ではないのだ。

 

 なによりも、罪の無い子供の命までも奪うことは、テュポーンの望むところではない。

 

「………………」

 

 テュポーンは背後に待たせておいた馬から荷を下ろし、その中から小さな包みを取り出して、男の前に放り投げた。

 

「あ…………?」

 

「持ってゆけ。

 少ないが干し肉が入っている。

 なんなら、帰りにもう少し食料を持ってきてやっても良い。

 2~3日後にここを通った際に置いて行くから、勝手に持ってゆくがいいだろう」

 

「あ……ありがとうございます! 

 ありがとうございます……!」

 

 男は一瞬きょとんとした表情になったが、すぐに土下座しつつ、終わることない感謝の言葉をくり返した。

 

「ふん……2度目は無いぞ。

 今度このようなことがあれば、次は容赦なく斬る」

 

 テュポーンはさほど感慨も無くそれだけを言うと馬に跨がり、男に一瞥(いちべつ)をくれることもなくその脇をすり抜けていった。

 彼にとっては、もう終わってしまったことのだ。

 

 この襲撃事件は「誰も死ななかった」――ただその結果だけを除けば、この混沌とした世ではさほど珍しくもない出来事の1つに過ぎなかった。

 

 ……過ぎなかったはずだったのだが……。

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