―最初で最後の反撃―
リザンはジョージに気圧されて、今すぐ逃げ去りたいという気分に駆られたが、彼女の周囲は既に他の子供達によって囲まれてしまい、動きようがなかった。
仕方が無しに彼女はその場にとどまり、うつむきながらジョージの質問に答える。
「空……見てた……」
「空ぁ?
そんなの見ていて楽しいのか?」
「……割と……」
子供達の間から、馬鹿にするような笑い声が上がる。
「お前バカだろ?」
「……バカじゃないもん」
リザンはうつむきながらも、ふてくされたように唇をとがらせた。
彼女とてそれなりに思うところがあって、空を眺めていたのだ。
空を眺めながら父の安否や将来のことなど、様々な事柄に想いを寄せることの何が悪い。
大切なことである。
それを馬鹿呼ばわりされるのは我慢ならなかった。
ただ、リザンが言葉足らずであったことも事実で、彼女のコミュニケーション能力の不足が招いた結果でもある。
が、それは友達がいないことに起因しており、彼女だけの責任ではない。
いずれにしても、子供達はそんなリザンの事情や、内心などを斟酌してくれるはずもなかった。
「なんだよ、その反抗的な態度は?」
「あいたっ!?」
ジョージはリザンの頭を小突いた。
「半人前のくせに生意気なんだよ」
リザンは恨めしそうな視線を返す。
その視線を受けて、ジョージは酷く気分を害したようであった。
「なんだよ、文句あるのか?
そんな身の程をわきまえない奴には罰を与えてやる。
みんな、やってしまえ!」
「おぉ~っ!!」
子供達は一斉に襲いかかった。
ただしリザンに対してではない。
その背後の花畑にである。
子供達には分かっているのだ。
下手にリザンに手をあげて怪我をさせてしまえば、さすがに親が黙ってはいないということを。
だから直接本人を狙うことなく間接的に、しかもより効果的にダメージを与えられるように、彼女が大切にしている花畑を狙う。
子供は確かに純粋ではあるのかもしれないが、善悪の区別がついているとは決して言い難い。
だから時として、このような残酷な行為も平気で行える。
「やめてよ! お花が可哀想じゃない!
せっかく元に戻ってきたのに……!!」
踏みにじられる花を見て、リザンは悲鳴を上げた。
母が彼女の為に造ってくれた花畑が、あっという間に無惨な姿へと変わっていく。
「うぅ……っ!」
目の前に広がる惨状に、リザンは声を震わせる。
(こんなのはあんまりだ。
お花には何の罪は無いのに……これで4回目だ……!)
「うわあああああーっ!!」
最早我慢の限界だった。
リザンは涙で顔をグシャグシャにしながら、ジョージに体当たりを敢行した。
「うわっ!?」
思わぬ反撃を受けたジョージは、あっさりと地面に組み伏せられてしまった。
いや、油断していたことだけが理由ではないのだろう。
リザンの動きは、彼が反応できないほど素早く、そして力強い。
現に馬乗りになってジョージを押さえ込んでいるリザンの身体を、彼はなかなか引きはがすことができずにいた。
彼を押さえ込むリザンの力は、小さな女の子のものではなかった。
いや、大人のものでもない。
それ以上の力だ。
(こいつ……!!)
ジョージは驚愕に目を見開いた。
同じ斬竜剣士の子供の中でも、これだけの力を発揮できる者は殆どいない。
それにも関わらず、半分しか一族の血を引いていないはずのリザンに、これほどの力があるとは俄には信じられなかった。
「なんで、こんな酷いことするの!?
なんでっ!?」
リザンは自らに対する理不尽な仕打ちに、激しく憤っていた。
何故、血が半分違うだけ、でこれほど疎まれてしまうのか──その理由が分からなかった。
もっともそれを知ったとしても、納得のいくものではないのかもしれないが。
「なんでって……!」
「ふあっ!?」
ジョージは渾身の力で――そう渾身だ――リザンを引きはがした。
そして今度は彼がリザンの上に馬乗りになって、彼女の頭に拳をいれる。
「お前がオレを怖がるのが、ムカつくんだよっ!!」
ジョージとて、最初からリザンをイジメたいと思っていた訳ではなかった。
そんなのはくだらないとさえ思っていた。
だが、ジョージが初めてリザンとまともに対面した時、おそらく既に他の誰かにイジメられた経験があったのだろう。
リザンは彼のことをあからさまに警戒し、脅えたような目で見た。
それが何故か彼には、腹立たしくて仕方が無かった。
「このっ、このっ!」
ジョージはリザンを殴り続けた。
だが、リザンも確実に反撃していく。
黙って殴られる続ける理由は無いし、無抵抗で許しを請うたところで、今この暴力から逃れることが出来たとしても、何も変わらない。
いつかまたイジメが繰り返されるだけだ。
それはリザンにも分かり切っていた。
何故ならば、今までがまさにそうだったのだから。
そんな変わらぬ現状を打破したいのならば、とるべき手段はただ1つ。
それは戦ってみることだ。
事態が好転するのかどうかは分からない。
だが、確実に何かは変わるだろう。
たとえ現状が悪化したとしても、元よりリザンには失うものはそう多くはなかった。
(もう、こんな嫌なことは最後にしてやる!)
リザンはそんな想いで必死に戦った。
そんな彼女の気迫の後押しもあってか、上から馬乗りになっているジョージの方が有利であるはずなのに、それでもその勝負は互角だと言っても良かった。
その勝負を他の子供達は、唖然として見守っている。
自分達の中で──いや、里の子供の中でも圧倒的に喧嘩が強いジョージと、これだけ対等に渡り合える者を、彼らは初めて見たのだ。
(ひょっとして、自分達はとんでもない相手を、イジメていたのではないか……?)
誰もがそう戦慄しはじめた頃、事態は大きく急変する。
子供の1人がふと、何か黒くて大きなものが自分達に接近して来ていることに、気付いたのだ。
「うわあああ~っ、クマだぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」
その悲鳴を引き金に、子供達は蜘蛛の子を散らすように、思い思いの方向へと逃げ出した。
誰もが必死だった。
熊に捕まれば、いかに斬竜剣士の血を引いている彼らとて、まだ力では太刀打ちはできない。
確実に命は無いだろう。
みんなは、あっと言う間に何百mも先まで逃げ去ってしまった。
しかし、地面に倒されていたリザンだけが逃げ遅れた。
慌てて起きあがろうとした時には、既に熊は目と鼻の先だ。
そうなると逃げようにも、恐怖で身体が思うように動かない。
腰を抜かしたまま、後退りするのがようやくであった。
「あわ、あわわわわわわ……」
逃げることがままならないリザンに、熊は容赦なく迫る。
そして子供の頭ならば、一口で噛みちぎれそうなほど巨大な顎を大きく開き――、
「いやあああああああああああーっ!?」
リザンに襲いかかるのかと思いきや、熊の動きはそこで止まった。
「ああ、リザンちゃんまで怖がらせちゃったわね。
大丈夫よ、リザンちゃん。
ほら、私、私!」
熊が聞き慣れた声を発した。
「母様!?」
リザンが落ち着いて熊の方に目を向けて見ると、熊の口の中から見慣れた母――ベルヒルデの顔が現れた。
暫く鬱展開が続きますが、せめてリザンとザンのギャップをお楽しみください。




