―力の理由―
少し短めです。
テュポーンは思う。
人間は戦いに全く向いていない、あまりにも脆弱な生物だ──と。
事実、テュポーンが邪竜であったころの戦い方は、竜の能力を制限し、一般的な人間と殆ど変わらぬ身となった今では殆ど応用が利かず、彼は幾度となく戦いの中で生命を落とすような想いをしてきた。
勿論、本当に死んでしまっては意味が無いので、最低限の竜の力を解放して生き延びてはきたが、並の人間なら何回死んでいたか分からない。
だからなのか、テュポーンは竜であった時には感じたことの無い、死の恐怖を知った。
その恐怖は今まで「死」とは全く無縁の、強靱な竜の肉体で生きて来た所為か、普通の人間よりもはるかに大きく感じていたのかもしれない。
しかも「死」は、見渡せば何処にでもあった。
殺したり、殺されたり、時には事故で、あるいは病で――そしてそれは、自身も例外ではないのかもしれない。
そう考えると怖かった。
しかし、同時に「生」も怖かった。
いつ訪れるともしれない死の恐怖と、些細なことで飢えと疲労と苦痛を感じるこの脆弱な肉体を抱えながら生き続ける――それもまた怖い。
それは時として、地獄の責め苦のようでもある。
その恐怖に負け、自ら命を絶つ人間の気持ちは、テュポーンにも理解できぬものではなくなっていた。
テュポーンは今まで何の価値も無いと思っていた人間の生命が、急に重い物であるかのように感じられるようになってきた。
「生き続ける」──ただそれだけのことが、強さ足り得るのだということを彼は学んだ。
そして生きることの尊さを、彼は実感したのである。
その時からテュポーンは、変わっていった。
彼は積極的に弱者の側に立ち、そして彼らと自らの生命を効率的に守る為、それに見合う戦闘方法を模索し、それを戦いに取り入れていった。
するとどうだろう、脆弱な人間の身体でありながらも、その使い方次第では今までの何倍もの戦闘力を発揮できることに彼は気が付いた。
たとえ自らよりもはるかに腕力が上回るような相手でも、使用する技や戦術によっては拍子抜けするほど容易く倒すことができる。
個人の力で勝てない相手ならば、集団で戦えばいい。
集団で駄目ならば、何か状況を有利に働かせるような策を編み出せばいい。
ともかく勝つ為の術はいくらでもあった。
それらを的確に選択していくだけで、儚いはずの人の生は、いくらでも強靱なものへと生まれ変わることができる。
彼は求めてきた謎の答えに、ようやく触れることができたような気がした。
人間は確かに弱い。
しかし、それを補う術はある。
おそらく斬竜剣士達の強さの一端は、そこにあるのかもしれない。
肉体の強靱さばかりを重んじていた竜には、決して得られない強さだった。
それを知ったテュポーンは、更に自らの戦闘技術に磨きをかけ、数多くの戦術や戦略を考案した。
やがて彼は、無敗を誇る熟練の傭兵として、タイタロスの地に名を轟かせるようになっていく。
そして彼の功績によりタイタロスの地は、急速に安定を取り戻していくのである。
「彼を新たな国の王に」──。
そんな声が、人々の間で囁かれるようになったある冬の日。
その日の出来事が、後のテユポーンの運命を、大きく変えることとなった。
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