―人間の力―
200年もの過去――。
邪竜大戦と呼ばれる竜達の戦争が終結した直後の時代、世界は荒廃していた。
多くの国々が滅び、社会は崩壊し、各地で無数の難民が溢れ返っていた。
世界にまだまだ復興の兆しすら見えなかったそんな時代、1人の男が後世に「タイタロス皇国」と呼ばれるこの地に姿を現した。
後のタイタロス皇国皇王・テューポエウス――つまり邪竜四天王のテュポーンその人である。
テュポーンは人の姿となり、各地を放浪した。
その目的は「人間」を見る為――正確には斬竜剣士の、特に斬竜王の強さの秘密を探る為にである。
テュポーンは思う。
何故竜王は、斬竜剣士達をあえて人間の姿として、生み出さなければならなかったのだろうか?
もしかしたら人間としての姿の中に、何か意味があるのかもしれない……と――。
テュポーンは斬竜剣士の秘密を探ることに対して、特別な使命感を持っていた訳ではない。
誰に命令された訳でもなく、竜族が再び斬竜剣士を生み出して、邪竜の掃討を開始することを危惧した訳でもない。
ただ、強さを求める者の1人として、純粋に興味があったのだ。
彼もまた、超絶的な強さを誇る斬竜王の力に魅せられた1人であった。
それ故にテュポーンは飽くことなく、人間を観察し続けた。
しかし、テュポーンが数年をかけて人間の姿を見続けても、何の成果は得られなかった。
人間は愚かで脆弱だった。
彼らはわずかな土地や食料などの些細なものに群がり、奪い合い、争い、そして死んで逝く。
ただ生き続けることすらも困難な、あまりにも儚く不完全な生物──。
この人間の何処に強さがあるのか、それとも無いのか、テュポーンには分からなかった。
少なくとも、些細なことで次々と死んで逝く彼らの生に、意味と価値があるようには思えなかった。
しかしだからこそ逆に、テュポーンは人間に強い関心を抱くようになった。
「何故、これほどまでに脆弱な肉体と、一瞬だけの寿命を抱えながらも、人は生きようとするのだろうか?
……あるいはそこに、強さが存在するからなのだろうか……」
――と。
だからテュポーンは、自らの視線を人間と同じ高さまで、下ろしてみることを思い立った。
彼は竜としての能力をほぼ完全に封印し、人として生きることを試みたのだ。
だが、いざそれを始めてみると、その生活は決して生易しいものではなかった。
この時代、長く続いた大戦により、人間達は産業を失い、また食糧の備蓄も尽きていた。
必然的に食料は不足しており、このタイタロスでも何万人という餓死者が出ていた。
そしてテュポーンもまた、飢えていた。
たった数日間、胃に何も入れなかっただけで、それは耐えがたい苦痛となった。
数ヵ月以上も食事を必要としなかった竜の時には、想像もつかなかったことだ。
テュポーンは食料を求めた。
しかし食糧を安定的に供給する為の農林水産業は未だ回復の見込みは無く、それ以前に国や社会が崩壊してしまった今となっては、貨幣制度も殆ど意味をなさなくなっていた。
つまり、物々交換が主流となっていた訳だが、貴金属では無価値に等しく、主に取り引きされるのは食料や衣服、又は燃料など生活に必要最低限なものばかりだ。
これではテュポーンはもとより、生活に余裕が無く、交換する物を持たない者には、手が出せなかった。
結果、多くの人々が日々の糧を得る為に選んだ手段は、自然の動植物を自力で狩りだすか、あるいは他者からの略奪か――この2通りの方法が主だった。
テュポーンが選んだ手段は、主に後者に属するものだった。
彼は傭兵として、時には略奪に参加し、時には略奪者から人々やその財を守り、その報酬によって糧を得る――そんな生活を続けた。
戦うことが、そのまま生きる手段となったのだ。
彼は邪竜の中でも自身に並ぶ者は、邪竜王かリヴァイアサン、この2人しか存在しない――それだけ戦いに長けているという自負があった。
人間相手の戦闘は、赤子の手を捻るよりも容易いはずであった。
だが、食料が得られない――ただそれだけで生命が削られるような、脆弱な人間の肉体である。
戦いに身を置くことは、更にその生命を削るという現実を、テュポーンは思い知ることとなる。
そもそも人間は、腕力、脚力、視力、聴力、生命力、等々……あらゆる能力が他の野生動物から比べてもおしなべて低い。
しかもその肉体だけでは空も飛べず、水中で呼吸もできず、赤外線や超音波を感知することも、磁力の流れを読んで方向を知ることもできず、ましてや角や牙、爪などの武器となるような肉体的特徴すらも持たない。
知力や魔力にしても、高位の竜から比べればそれほど高いとは言えず、生物として欠点だらけである。
手放しに褒められる部分と言えば、手先の器用さなど、さほど多くはない。
人間は戦いに全く向いていないとしか、思えないような生物であった。




