―追って来ちゃった―
「いっ、従姉殿――――っ!!!!」
「リザン殿だって……」
絶叫のような声を上げながら、大慌てで駆け寄ってくるフラウヒルデへ、ザンは呆れたような表情で訂正を入れた。
その向かいの席に座っていたルーフは、口一杯に料理を頬ばりながら、「何事か!?」と、目を丸くしている。
「あ、済みませんリザン殿。
い、いや、そんなことより大変なことがっ!!」
「どうしたんだよ、そんなに慌てて……?」
「は、母上が我々に付いてきているようなのですっ!」
「ええっ!?」
フラウヒルデの報告にザンは、そしてルーフも狼狽した。
それが事実ならば、もう穏やかでゆったりとした旅は期待できないだろう。
「本当なの、それっ!?」
「はいっ!
今、そこの武器屋に、やたらと態度の大きな少女がいたのですが……っ!」
「はぁ? 少女?
……それで?」
ザンとルーフの表情が、驚きから訝しげな物へと動いた。
一体その少女とシグルーンに何の関係があると言うのか、それが分からない。
「その少女の髪が、銀髪だったのです!」
「それだけ?
銀髪なんてまあ珍しいけど、私達以外にもいない訳じゃないんだし……」
「ですが、瞳の色も紅かったですし、顔なんて無茶苦茶母上に似ていたのですよ!」
「叔母様に?
じゃあ、叔母様が私達の様子を探る為に、隠し子か何かでもよこしたって言うの?」
「隠し子って……それはそれで、大事件ですが……。
あの大人を奴隷かなにかのように無下に扱う様は、やはり母上本人が化けているとしか……」
「まっ、まさかぁ~……」
と、ザンは笑って否定したが、その口元はわずかに引き攣っていた。
「でも、確かに竜の血を持っているあの人なら、変身ぐらいはしそうな気がしますね。
っていうか、変身して当たり前と思わせるくらい、何でもありですよ、あの人は……」
そんなルーフの言葉を笑う者は、誰もいなかった。
それは娘のフラウヒルデさえも──。
「ハッ、噂をすれば武器屋から出てきましたよ」
「うわっ、そっくり……。
子供だけど本当に似ているなぁ……」
武器屋からでてきた少女を目の当たりにして、ザンとルーフはたじろいだ。
銀髪に紅い瞳、幼くはあるが意志の強さを感じさせる顔立ち、頭身が縮んでも均整のとれた肢体、どこを見てもその少女はシグルーンを思わせた。
少なくとも何らかの血の繋がりも無しに、ここまで似るということはまず有り得ない。
つまりこの少女は、シグルーンと確かな繋がりがあり、彼女の意志によってこの場にいる可能性が高いということだ。
ザン達は思わず茫然と立ち尽くす。
が――、
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………どうする?」
3人は示し合わせたかのようにいきなり円陣を組んで、ボソボソと密談を開始した。
「もしもあれが本当に叔母様だったとして、一体何の為に来たんだ……?」
「やっぱり、僕らのことが心配だったんですかねぇ?
それなら放っておいても、特に害は無いと思いますけど……。
僕らの安全を確認したら、勝手に帰りますよ、きっと」
「でも……それまでの間、監視されるのも何か嫌ですね……。
それに母上のことですから、何らかの騒ぎを起こしかねませんよ?
無視するのもどうかと……。
以前も視察先で、襲撃してきた盗賊団を壊滅させたまではいいのですが、その煽りを受けて『家を壊された』などの苦情が殺到したことがありましたからねぇ……」
「でも、あの人も大人なんだから、そんなに無茶なことは…………するかもしれないけど、自分のやったことくらい、自分で責任をとってもらおうよ……。
とにかく、あまり関わらない方がいいよ。
色々とややこしくなるから」
「そ、そうですよね」
と、「シカトする」に一同が合意しかけた時――、
ドカカっ、と大きな音を立てて、ザン達の隣の席に、件の少女とその連れの男が腰を下ろす。
「ヒイィっ!?」
「おじさん、えと……串焼きセット1人前ねー!
あ、隣のには水だけでいいから」
「水だけっスか!?
……いえ、いいです……」
少女に一瞥されて男は押し黙った。
彼の長身で引き締まった身体は浅黒く日焼けしており、その身体をやたらと金属が付随した黒い革製のコートのような服で包んでいた。
金色の髪も前髪を上げて香油で固めており、目も切れ長で鋭い――そんな周囲を威嚇するような風貌をしている割には、幼い少女に頭が上がらないとは情けないことこの上無い。
そんな2人を横目で眺めつつ、ザンは小声でフラウヒルデに問う。
「誰、あの男は?」
「さあ……私にも全く心当たりが無くて……。
あの少女とは完全な主従関係が成り立っていますから、昨日今日の付き合いと言う訳でもないようですが、母上にあのような部下がいるなんて、聞いたこともありませんし……」
と、フラウヒルデは困惑の表情を浮かべる。
たとえ親子といえども、お互いの全てを把握している訳ではない。
それは当たり前のことではあるが、しかし彼女は母に対して把握している部分よりも、把握できていない部分のほうがはるかに多いような気がした。
「う~ん、底が知れない人だ……。
ともかく、堂々と姿を現したのに直接接触してこないってことは、こちらに干渉するつもりは無いということなのかな……?」
「はあ……そうですね。
おそらく、今回のタイタロスとの交渉を、従姉……いえ、リザン殿に一任してしまった以上、表立って動く訳にもいかない。
しかし、我々の旅の安否は気になる。
だから便宜上他人のフリをして、私達を見守ろう……といったところでしょうか。
でも、あの姿を見たら私達がどういう反応をするのか見たい……、ということの方が目的のメインのような気もしますがね……」
「どちらにしても、あの悪ふざけじみた姿のまま、ずっと付きまとわれるってことですか……?」
「「「………………」」」
一同の間に暫しの重い沈黙。
「……やっぱ、無視するのが一番いいと思うよ、私は」
「そうですね……」
「どの道、母上がこちらに何かしてきても防ぎようがありませんし、なるようにしかなりません。
ならば、何もしない方がマシと言うものです」
結局、「触らぬ神には祟り無し」と言う結論に3人は至った。
下手な対応をすれば相手の怒りを買い、自らの身に不幸が訪れる。
それだけは避けなければならない。
3人は疲れたようにガックリと項垂れる。
今後の旅が波乱に満ちた物になることは、確定したような物だ。
そんな彼女らの心労を余所に、隣のテーブルで銀髪の少女は、黙々と口の中に料理を放り込んでおり、それをクロなる男がもの欲しげな表情で見つめていた。




