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―そこに掘り出し物があるから―

 不満を残すザン達をなんとか(なだ)めて大人しくさせたフラウヒルデは、ようやく武器屋の品々物色する(いとま)を得た。

 彼女は店内に陳列してある商品を、熱心に眺めている。

 

 取りあえず剣は間に合ってはいるが、彼女が新しく身に付けた戦闘スタイルには色々と消耗品が多い。

 たとえば投げナイフなどの飛び道具である。

 これは戦闘後に回収できれば良いのだが、やはり回収できない場合が必ずあるので、予備は多いに越したことはない。

 

 他にも魔法を使った方が早いという理由で需要も少なければ、流通も少ない火薬などは貴重品であり、手持ちの在庫も少ないことから、ここで販売しているのならば是非とも入手しておきたいところだ。

 とにかく買わなければならない物は色々と多いので、どのようにして所持金との折り合いをつけていくのか、それが悩みどころである。

 

(むう……この剣、なかなか良さそうだな……。

 今使っているのを下取りに出して、この剣に買い替えるのも……。

 いやいや、それでも少々出費が大きい。

 ここはやはり我慢か……)。

 

「……む?」

 

 知恵熱が出そうなほど悩んでいたフラウヒルデは、ふと陳列棚の隅に小箱が置いてあることに気が付いた。

 

「なんだ、これは……?」

 そして何気なく手に取って、箱を開けてみる。

 

「――――――!?」

 

 フラウヒルデは思わず顔の造形が崩れそうになるほど驚愕した。

 

(しゅ、手裏剣ではないかーっ!?  

 何でこんなところにーっ!?)

 

 箱に入っていたのは、東方の国に存在するという隠密集団「(シノビ)」が主に用いた「手裏剣」と呼ばれる武器であった。

 その大きさは食事用のナイフと同程度で、形は武器と言うよりは彫刻刀か大工道具のような印象の形状をしている。

 いや、その気になれば、これを木彫りなどに使用することも不可能ではないが。

 

 しかし、形状こそ奇妙な(なり)をしてはいるが、これも「苦無(クナイ)」と呼ばれる立派な手裏剣の一種である。

 これでも見た目よりは重く、しかし飛び道具としては丁度良い重さで、急所を狙って撃ち込めば一撃必殺の効果も期待できる。

 また、日常的な道具としてもそこそこ使える、便利な一品だ。

 

 その手裏剣が10本も箱に入っていた。

 

(うわぁ~っ、うわぁ~っ!)

 

 まさかこんな辺境とも言える街の小さな武器屋で、このような貴重品に出会えるとは思っていなかったフラウヒルデは、興奮のあまり手を震えさせ、危うく小箱を取り落としそうになった。

 

「て、店主殿! 

 これは一体いくらになるか!?」


「ん……? 

 ああ、それね。

 …………なんでも、かなり珍しい品らしくてね、金貨5枚だよ」

 

「き……金貨5枚!?」

 

「高いだろ? 

 でも、こっちも商売だからまけられないよ」

 

 フラウヒルデがいかにも物欲しそうな様子で値段を聞いてきた所為か、店主はやや強気な態度で値段を提示した。

 一方フラウヒルデは、驚愕の表情で手裏剣を凝視している。

 

(これが金貨5枚……手裏剣10本で金貨5枚……! 

 や──)

 

 フラウヒルデはゴクリと唾を飲み込む。

 

(――安い!)

 

 フラウヒルデは思わず顔がニヤけそうになる。

 いや、ニヤけるどころか、ちょっと油断すると小躍りしてしまいそうだった。

 それを必死で抑える。

 

 この店主は手裏剣の本当の価値を知らない。

 おそらくこの手裏剣は盗品か何かで、やはり手裏剣の価値を知らぬ者がこの店に持ちこんだのだろう。

 だから買値もそんなに高額ではなかったはずだ。

 精々、全部で金貨1枚程度といったところか。

 陳列棚の隅へ、無造作に置かれていたのがその証拠だ。

 

 そしてフラウヒルデの態度を見て、「思ったよりも高価な物なのか」と、ぼったくるつもりで店主は「金貨5枚」を提示したのだろうが、それでもまだ安すぎる。

 本来なら遠い東方の大陸から、遥々海を越えて運ばれて来た品だ。

 1本だけでも金貨5枚は下らないはずである。


 つまり、10本なら金貨50枚。

 一般人の低収入層ならば、年収を超えるような額である。

 それだけの値打ちのある品が、10分の1の値段で買える。

 フラウヒルデが笑いを堪えるのに、苦労したのも無理はない。

 

 とは言え、今は旅の道中である。

 アースガルにいる時ならば領主という立場にあるフラウヒルデには、金貨5枚程度の金はいくらでも用意できる。

 その10倍や100倍だって出せなくはない。

 

 しかし、現在の路銀に限りがある財布の中から出す金貨5枚は、あまりにも大きい。

 ここは我慢するのが妥当であろう。

 が――、

 

「わ、分かった。

 店主殿、これを包んでくれ!」

 

「ヘイ、毎度あり!」

 

 フラウヒルデの頭の中からは、「自分がしっかりしなければ」――そんな誓いは完全に消え失せていた。

 後で「宿代が無い」などと思いっきり後悔することになるのだが、今は幸せ一杯な気分でニコニコとするフラウヒルデである。

 ……ただの武器マニアだ。

 

 と、その時、そんなフラウヒルデの背後から声が聞こえてくる。

 先程までは他に客はいなかったはずなのだが、どうやら彼女が手裏剣に気を取られている内に店へと入ってきたらしい。

 

「あ、このナイフいいわね。

 やっぱり野営するなら、調理用とかにこういうのが便利そうだわ」

 

(おや……?)

 

 しかしフラウヒルデは、その背後からの声に不自然なものを感じた。

 声があまりにも幼い少女――明らかに子供の声であった。

 普通、子供に武器は無縁の代物である。

 

御館(おやかた)様。

 旅の中で使うのに、そんな刃渡りの大きいものは必要ありませんよ。

 ほら、こちらの10種類の用途に使えるナイフの方が便利そうですし、値段も10分の1程度ですよ」

 

「うるさいわね、クロったら。

 あたしに指図するんじゃない! 

 それに人前で御館様は、やめなさいって言ってるでしょ。

 身分がバレるじゃないの!」

 

 更にその少女の従者らしい若い男の声も聞こえてくるが、その男は自身の半分以下の年齢であろう子供に、(へりくだ)った態度をしていた。

 しかも、「クロ」と犬猫のように呼ばれている。


 たぶん本名が少女には発音しにくい名前だったので、「あんたは今日からこの名前」と、勝手に決められてしまったのだろう。

 そんな少女の所行ははあまりにも横暴だが、それに甘んじて受け入れている男もどうかしている。

 

 おそらく少女と男は、何処かの王侯貴族の娘とその従者という関係なのだろうが、何にせよこのような田舎街には不釣り合いの存在だった。

 

(それにしても、大人をあのように扱うとは、どんな子供なのだ?)

 

 フラウヒルデは興味を覚え、声のする方に視線を送った。

 

「――――――――――!?」

 

 その結果、手裏剣を発見した時以上の衝撃が彼女を襲った。

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