―我々の旅費は無限ではない―
ザン達一行は、喧噪の中にいた。
ここはクラサハード王国の最西端の町、メルキト。
もういくつかの山を越えた位置に、タイタロス皇国との国境が目前に控えている。
クラサハードとタイタロスが交戦中の現在、いつ戦渦に巻き込まれるのか定かではない町ではあるが、だからこそ戦場へ送る物資や、それを生産したり輸送したりする者、そして傭兵達など、大陸中からあらゆる人々や物がこの町には流れ込んでおり、活気に満ちていた。
そんな戦時中とは思えない活発な町の雰囲気にやや圧倒されつつも、ザン達は珍しい商品が並ぶ露店などを興味深そうに見物していた。
ちなみにファーブは目立つので別行動中。
そして一行が、とある町の一角を通りかかったその時、
「あ、従姉殿」
「なんだい、従妹殿?」
ザンはフラウヒルデの呼びかけに、彼女の口調を真似て返す。
「ああっ、済みません!
……リザン殿」
「よし」
慌てて呼び方を訂正するフラウヒルデの様子に、ザンは大きく頷いた。
いつまでも「従姉殿」では他人行儀だと、ザンは前々からフラウヒルデに注意しているのだが、フラウヒルデも変なところで思考の切り替えが不器用なのか、なかなか改まらなかった。
「で、一体何?」
「あ、その、ちょっとそこの武器屋を覗いていきたいのですか……」
「武器屋? いいよ。
ふ~ん、武器かぁ。
私もちょっと興味あるけど、斬竜剣が一振りあれば十分だしな。
悪いけど1人で行ってきてね。
私は……あ、そこの屋台で何か食べて待っているから。
ルーフもそれでいいよな?」
「ええ、構いませんよ」
「それでは済みませんが、少々待っていてください」
「いいよ、どうせ私達もすぐに終わらないから」
「は?」
キョトンとするフラウヒルデを余所に、ザンは屋台の店主へ、
「おじさーん、メニューの端から端まで、全部お願いね」
「あ、僕も」
そんな常軌を逸した注文に、フラウヒルデは大慌てで止めに入った。
「ちょっ、ちょっと待ってください!
2人とも一体いくら食べる気なんですかっ!?」
「ん~、銀貨8枚分くらい?」
何気ない調子のザンの返事に、フラウヒルデは口調を荒らげる。
「いけません、そんなに食べては!
あっと言う間に路銀が尽きてしまうではないですかっ!」
「む~、お金が無くなったら、稼げばいいじゃないの」
と、ザンは不満そうに頬を膨らませる。
「どうやって……?」
ザンの言葉には、さすがにルーフも首を傾げた。
よくよく考えてみると、自分達が満足する量の食費を稼ぐとなれば、簡単なことではない。
おそらく普通の仕事なら、1月休まずに働いて得た金額でも10日ともたないだろう。
しかし、ザンは余裕の表情だ。
「そんなの竜の1匹でも倒して、その鱗とかを売ったら、金貨の100枚や200枚なんかあっと言う間だよ。
竜の身体は武具とか薬に色々利用できるからね。
いくらでも欲しがる人はいるだろうさ」
「だから……何処に竜がいるのですか……?」
「あ……」
フラウヒルデの突っ込みを受け、ザンの余裕の色は一気に萎んでいった。
「そういえば、僕、四天王以外の竜って、殆ど見たことないような……」
そんなルーフの言葉通り、竜は何処にでも生息しているような存在ではなく、大概は人間が全く入りこめないような秘境にでも行かなければ、その姿を目撃することなどできなかった。
そもそも、たとえこの付近に竜が生息していたところで、その竜が特別害の無い存在ならば、無闇に狩ってしまう訳にもいかない。
竜王に怒られてしまう。
「そ、それじゃあ、ファーブの身体を斬って、そこから流れた血を売るとか」
「それはいくらなんでも、人でなし過ぎますよ……」
「ぐ……」
そんな風にルーフに突っ込みを入れられると、ザンも黙るしかない。
「ともかくっ!
路銀の節約の為に、食事量は少し抑えてください。
……と、言う訳で店主殿、オーダーを1人分キャンセルして、お手数ですが取り分け用の食器を用意してください。
では、2人で仲良く分けて食べるのですよ?」
「ええ~っ!」
食事量を減らされて、ザンは露骨に不満の声をあげる。
その表情は玩具を取り上げられた子供のようだ。
ルーフも口にこそ出さないが、不満そうである。
「そんな顔をしたって駄目です!
更に半分の量にされなかっただけでも、良しと思ってください」
「ぶ~っ!」
だが、ザンとルーフはまだ納得していない様子だ。
(ふうぅ……。
こんな子供みたいな人ばかりで、無事に旅を終えることができるのだろうか?
やはり私がしっかりしなければ……!)
フラウヒルデは頭痛をこらえつつも、決意を新たにするのであった。
明日は更新は休む予定です。




