―孫は見た―
ところ変わってアースガル城──。
こちらは静かで穏やかな朝である。
静かすぎて寂しいくらいだ。
(華のある人達が、一気にいなくなってしまったものねぇ……)
アイゼルンデは急激に寂れてしまった印象の城内を歩みつつ、小さく溜め息を吐いた。
つい数日前までの騒がしさが、嘘のように思える。
しかし、この城が更に静かになってしまうことになろうとは――ついでに、自身の仕事の負担がドッサリと増えることになろうとは、この時の彼女には思いもよらぬことだった。
「ふぅ……。
お祖母《ばあ》様も、さぞかし退屈していらっしゃることでしょうねぇ……」
アイゼルンデは祖母シグルーンのことを想い、憂鬱となった。
あの城主が退屈な日々に耐え切れずに、何か突拍子もないことを始めるのは時間の問題だろう。
それに巻き込まれないようにする為にも、できれば顔を合わせたくなかった。
しかし、領主であるフラウヒルデが不在の今、その代役であるシグルーンの補佐を、アイゼルンデがしなければならないのは、仕方がないことだった。
彼女はシグルーンから、「一族の若手ではフラウヒルデの次に有能」と目されているのだから。
この場合、あまり嬉しくはない。
「ふう……気は重いですが、治水事業に関して、お祖母様にお伺いを立てなければ……」
そしてアイゼルンデがシグルーンの部屋を前で、ノックするかどうか迷っていたその時――、
ゴキっと、鈍い音が部屋の中から響いてきた。
「な……何、今の音……?」
ゴキゴキゴキっと、不審な音は更に続く。
アイゼルンデは怖々と部屋のドアを少し開けて、中を覗き見る。
「――――――――!?」
するとアイゼルンデの目に、信じられないような光景が飛び込んできた。
彼女の視線の先では、急速にそれが収縮していく。
しかもただ縮んでいくのではない。
干からびるでもなく、潰れるのでもなく、元の美しい造形のバランスを殆ど崩すことなく、それは縮んでいくのだ。
通常は考えられない縮み方だった。
おそらく細胞密度を圧縮しているのだろう。
まあ、骨格の収縮には時間がかかるのか、派手な音を立てて、強引に手早く変形させているようだが……。
「ばっ……馬鹿なっ!?」
アイゼルンデは思わず、そんな悲鳴の如き言葉を発していた。
当然、その声は部屋の中のそれにも届く。
「…………!」
「……あうっ!」
アイゼルンデと、彼女の存在に気が付いたそれの目が合う。
「あ……あの……その……これは……!」
アイゼルンデはしどろもどろになりながら、弁明しようと口を開いたが、別に弁明する理由も無く、言葉は何も出てこない。
それでも何か見てはいけないものを見てしまった――そんな感覚を抱いて、猛烈に弁明したい気分に駆られた。
「………………!」
不意に彼女を見つめていた、クリクリとした可愛らしいそれの目が笑った。
そして、今度は人差し指を立てて口元に持ってくる。
(し~っ)
それは「内緒にしておいてね♪」と、ジェスチャーで告げた。
「ハ……ハイ。
仰せのままに……」
アイゼルンデは、カクカクと首を縦に振りながら、やっとのことでそれだけ言うと、ゆっくりとドアを閉めた。
そして、関節が固まってしまったかのようなぎこちない動作で回れ右をし、ヨロヨロした足取りでその場を後にする。
「み、見なかったことにしよう…………」
誰に言うでも無く、彼女は震える声でそう呟いていた。
その翌日から、領主の仕事の殆どはアイゼルンデに押しつけられた。
「黙殺しないで、何が何でも止めておくべきだった……」
と、後のアイゼルンデは激しく後悔したという。




