―旅の風景―
夕暮れ――。
田舎びた街道を、足を引きずるようにして歩く少年の姿があった。
年の頃は12~13歳くらいに見えるが、実際は15を数える。
どちらにしても彼はまだ幼く、その顔にもあどけなさが残っていた。
よくよく見なくても、なかなか可愛らしい顔立ちだ。
が、現在の憔悴し切った彼の表情には、その面影は薄い。
彼はマントで覆った小柄な身体を重たそうに、少しずつ歩みを進めていた。
手には杖がわりなのか、朽ちかけた木の枝を携え、それによりかかるように身体の重心を預けている。
「相変わらず遅いな……ルーフの奴は」
ルーフと呼ばれた少年の20mほど先をゆく、銀髪と紅い瞳を持つ女性――ザンは呆れ顔で振り返った。
そんな彼女のしなやかな肢体は、獣革に似た材質不明の黒いスーツで包まれおり、その上に胸と膝だけをこれまた材質不明の防具で鎧っている。
肩からは紅いマントがなびいていた。
いかにも戦士然とした風貌の彼女であるが、武器のようなものは所持しておらず、それどころか殆ど手ぶらである。
荷物を誰かに持ってもらっているのか、それとも本気で荷物を必要としていないのか…
…。
「鍛え方が足りないのですよ、ルーフ殿は」
と、ザンと同じく銀髪・紅目の女性――フラウヒルデは溜め息混じりに首を左右に振った。
彼女とザンは従姉同士であり、顔立ちや背格好がまるで姉妹のように似通っていた。
ただ、お互い強い個性を放っており、遠目に見ても判別がつかないということは無いだろう。
フラウヒルデは長い銀髪をポニーテールに結い上げ、その身体を黒を基調とする服で覆っている。
一応、防具も装着しているが、それも必要最低限のもので、小手と脛当て程度である。
しかしザンとは違って、腰には二振りの剣――いや、1本は東方の武具、刀であろう――を佩いていた。
通常、この大陸においての剣士は、剣を2本も同時に持ち歩くことはしない。
剣はそうそう破損するものでもないので、予備の装備は殆ど必要無い。
何よりもその重量と大きさ故に、戦闘時に邪魔となるのだ。
それでは武器として意味が無い。
だから、予備の装備を持ったとしても、精々携帯に便利なナイフがいいところだ。
それにも関わらず、あえて彼女が剣を2本も持ち歩くということは、同時にそれを使うような戦闘を想定しているということなのだろうか。
ともかく2人は呆れた様子で、ルーフが追いついてくるのを待った。
その周囲にはウロウロと、50cmほどの目玉が浮遊している。
竜の目玉のファーブであるが、傍目には異様な光景であった。
「遅いぞ~」
「む……無茶言わないで下さいよ……。
朝から30~40kmは歩いているんですからぁ~」
ルーフは今にも倒れ込みそうな様子で、弱音を吐いた。
「だらしがないですぞ、ルーフ殿 !
たかが30~40kmの距離、私なんぞ毎日のように走り込んでいますよ。
ねぇ、従姉殿だってそれぐらい平気ですよね?」
「いや……私にふられても……」
フラウヒルデに同意を求められて、ザンは困惑の表情を浮かべる。
さすがの彼女も、そんな距離を毎日のように走り込みたくはなかった。
できないとは言わないが面倒過ぎる。
「しかし実際のところ、体力馬鹿のお前らの基準でルーフを歩かせていたら、いくら回復能力が尋常じゃなくても、そのうち壊れるぞ。
そろそろ休ませた方がいいな」
「体力馬鹿って……」
ファーブの言葉に、ザンとフラウヒルデは渋面となった。
「う~ん……仕方が無いな。
今日はこの辺で野宿にするか?」
「なっ! 野宿なんてとんでもない!
次の町まで歩きましょうよ!」
ザンの言葉に、フラウヒルデは血相を変えて抗議した。
「でも、もう暗くなっちゃうし、夜道で道に迷ったら洒落にならないしさ」
「大丈夫ですよ、こんな1本道で迷ったりなんかしません。
今から急いで歩けば、今日中には宿に辿り着けるはずです」
「でもなぁ~」
ザンはフラウヒルデの言葉に、難色を示した。
確かに野宿よりは宿のベッドで眠りたいところではあるが、今から宿へ向かうにしても、疲れ切ったルーフを抱えての強行軍では、到着は深夜を大幅に過ぎてしまうかもしれない。
そうなれば睡眠時間は、随分と減ってしまうだろう。
また、もし道に迷ってしまえば、夜が明けても宿へ辿り着けなという可能性も否定できなかった。
それならばここで野宿をした方が、結果的にはマシだと思える。
また、ザンはファーブの転移魔法を、極力使わない方針をとっている。
世界各地のどの地域に潜んでいるか分からない邪竜の情報を、転移することによって見逃さない為であるが、最近ではルーフを鍛えようという意味もあるようである。
彼女の旅に同行する以上、徒歩での長距離移動に慣れてもらわなければ困る。
そんなザンの思惑を余所に、フラウヒルデは、
「お願いします!
私はこんな虫やら蜥蜴やらが、這いずり回っているような地面の上では、眠れないのですよ。
どうか、野宿だけは勘弁してください……っ!」
と、ザンへ拝み込んだ。
「……何の為に寝袋を背負っているんだよ、あんたは……」
「これはあくまで非常用です!
可能な限り使用するつもりはありません!」
そうキッパリと断言するフラウヒルデの様子に、ザンは呆れかえった。
「……フラウヒルデもなんだかんだ言って、お姫様育ちなんだよなぁ……」
「…………そうですね」
ザンの呻くような言葉を、追いついてきたルーフも呻くように返した。
昨日は家族が緊急入院した為、更新できませんでした。今後はこういう事が増えるかもしれませんが、よろしくお願いします。




