―懐かしい花壇―
アースガル城の中庭──。
「お花を植えましょう、リザンちゃん」
「ハイ?」
ザンはシグルーンから、園芸に使う道具や、花の苗と球根、種などが入った木箱を手渡されて、きょとんとした。
彼女達の目の前には花壇が広がっている。
ただし花壇と言っても、その面積はちょっとした農園くらいの規模はありそうで、その一画にはまだ何も植えられていない区画が存在していた。
「あそこに植えるんですか、これを?」
「うん、そうよ」
(いきなり、何故こんなことを?)
ザンは訝りはしたものの、特に断る理由も無いので、シグルーンに従うことにした。
(そういえば……こんなことをするなんて、随分と久しぶりだな。
子供の頃は、毎日のように花壇の手入れをしていたのに……)
そんな過去を懐かしみつつ、ザンは目の前に広がる花壇を見渡した。
「…………アレ?」
そしてふと、あることに気が付く。
「ふふ……、ちゃんと憶えていたんだ」
微笑むシグルーンの様子に、ザンは自身の記憶が間違いではないという、確証を得ることができた。
「叔母様……この花壇の花って、もしかして……」
ザンには、目の前に植えられているどの花にも、見覚えがあった。
旅の途中で見た──ということではないだろう。
それならば自身の手で、栽培した記憶があることの説明がつかない。
「そうよ、リザンちゃんの家にも花壇があったでしょ。
そこの花は、元々この花壇から姉様が株分けする等して、持っていったものなのよ。
花の種類は200年前から殆ど変えてないから、少しくらいは見覚えがあるかな、って 思ったんだけど……。
リザンちゃんって、花が好きなんだって?」
「はい。……いや、好きだった……と言うべきですかね。
あれ以来、花を見る余裕は無くしていましたし……。
家の花壇も、もう何十年も放りっぱなしで、たぶん荒れ放題ですよ……」
ザンは寂しげに笑う。
「でも、今は花を見る余裕はあるわよね?」
シグルーンは笑顔でザンに、日除けの麦わら帽子を差し出す。
「……はい!」
ザンも笑顔で帽子を受け取った。
「よし! それじゃあ頑張って、花壇を完成させちゃいましょうか」
それから2人は、会話も少なめに黙々と種をまき、球根や苗を植える作業に没頭した。
しかし、それでも2人の口元には笑みがあり、楽しげだ。
そして、2時間ほど過ぎた頃――、
「完成しましたね、叔母様。
ふ~、こういことで汗をかいたのって、凄く久しぶり……。
いや、大人になってからは、初めてじゃないかな?」
と、ザンは満足そうに笑う。
「ふふ……どうやら大丈夫そうね」
「は?」
シグルーンの言葉にザンは、怪訝な表情となった。
「ちょっと心配だったのよ。
リザンちゃんは明日、タイタロスへ旅立つじゃない?
もしかしたら、また辛い目にあって、前みたいに戦ってばかりいるリザンちゃんに戻ってしまうこともあるのかもしれない……って思っていたの。
でも、こうやって土を弄ったり、花を植えたり……何かを育むことが楽しいって思えるようなら大丈夫よ。
もうあなたの心は憎しみに囚われていない……安心したわ」
「叔母様……」
ザンは照れたようにうつむいた。
「むしろフラウの方が心配なくらいね。
あの子、リチャードとかいう奴に惨敗して、余裕を無くしているから。
ゴメンねぇ、リザンちゃん。
強引に付いて行くことになっちゃって。
あの子のこと、よろしくお願いね」
「あ、はい。
……いえ、謝らなくてもいいですよ。
フラウヒルデが私の力になりたい、って言ってくれたのは本当に嬉しいんです。
私なんか、皆に助けられっぱなしで……。
この前も皆がいなかったら、今頃私は生きてはいませんからね」
ザンはリヴァイアサンに敗北した時のことを、思い起こしながら言った。
苦い記憶であるはずなのに、その表情はスッキリとしている。
「でも、だから1人ではどうしようもないことも、みんなで力を合わせればどうにかなるということは、実感として思うんです。
皆がいるから、きっと何があっても大丈夫ですよ」
「……本当に心配は無さそうね。
でも、くれぐれも気を付けてね。
何が起こるか分からないから……。
ちゃんと今日植えた花達が咲いているところを、見に帰ってくるのよ?」
「それで……花壇ですか」
ザンは叔母の意図に合点がいったようで、「よくこういうことを思いつくな」と、感心する。
「はい、ちゃんと花を見る為に、無事で戻ってきますよ。
そして2人でまた花壇を作りましょうね。
あ、今度は私の家の花壇の手入れをしましょうか。
そこに母様のお墓もありますから……」
「姉様の墓参りかぁ……。
いいわねぇ。
よし、リザンちゃんが帰ってきたら、必ずいきましょうね。
約束よ?」
「はい!」
そして、2人は笑顔を交わし合った。




