―約束された地獄―
戦乙女騎士団の面々は、阿鼻叫喚の最中にいた。
「そ、それだけは、それだけは勘弁してくださいっ!
堪忍して下さいっ!
ちゃんと言うこと、ききますからぁ!!」
「………………何事?」
団員の取り乱している様子を目の当たりにして、ザンは胡乱げな表情で、説明を求めるようにフラウヒルデを見た。
「ああ……母上の訓練は、実戦よりもキツイですから……」
「…………それは既に実戦なのでは……?」
ザンは更に胡乱げな表情となった。
その横でルーフも、うんうんと頷いている。
「いえ、母上の訓練は物凄く厳しいのですが、不思議と重傷者や死者は出ないのですよ。
生命の安全が保証されているという意味では、まさに訓練ですな」
(それはそれで、生殺しっぽくて嫌だなぁ……)
ザンとルーフは、内心で冷や汗を流した。
団員達の様子を見る限り、「いっそ殺してくれ」と叫びたくなるような、厳しい訓練なのだろう。
事実、騎士団の面々は、
「うう……アイゼ様、よろしくお願いしますぅ……」
と、泣く泣くアイゼルンデに、頭を下げている。
ハッキリ言って、彼女が行う訓練の方が、シグルーンのそれよりも百倍マシだ。
「うんうん、分かってくれればいいのよ」
アイゼルンデはことが思うように運んで、満足そうに頷いた。
その時――、
「リザンちゃん、ちょっといいかしら」
ガチャリと、勢いよく扉を開けてシグルーンが部屋に闖入してきた。
騎士団員の間に緊張が走る。
もしも先程までのやり取りをシグルーンに聞かれていたとしたら――彼女のことを鬼か天災のように恐怖の対象として扱っていたのだ、まず間違いなく怒りを買うだろう。
しかし、シグルーンはにこやかにザンに歩み寄り、
「リザンちゃん、ちょっと付き合ってくれない?」
「はあ……かまいませんけど?」
「じゃ、ついてきて」
と、ザンの背を押しながら、いそいそと部屋の出口へ向かう。
騎士団の一同は、ホッと胸を撫で下ろした。
どうやら何事も無さそうだ。
しかしシグルーンは、部屋の扉を閉める直前に、
「アイゼ、明日の訓練の指揮は私が執るわよ?
あと、私のことを『お祖母様』と呼ぶな。
年寄りみたいじゃない。
『お姉様』、もしくは『シグるん』と呼びなさい。
『シグりん』でも可。
でも『シグシグ』は不許可よ」
と、妙に迫力のある笑顔で告げて、部屋から出てゆく。
彼女はしっかりと話を聞いていたようだ。
……パタンと、扉が閉まる音を最後に、室内は重々しい空気で支配された。
誰も口を開かない……と言うか、口元が恐怖と絶望に引き攣ってしまい、喋れないと言った方が正しいのかもしれない。
恐らく明日の訓練は、今までで最もハードなものとなるだろう。
ある意味、「死」以上のことを覚悟しなければならない。
そんな想像を巡らせて、立ちくらみを起こしている者さえいる。
しかし、明日旅立つフラウヒルデは、訓練とは全く無関係なので、気楽な調子で呟く。
「……『年寄りみたい』ではなくて、実際に年寄りではないか」
「……あえて肯定も否定もしませんけど……。
……って言うか、あんな呼ばれ方でいいの……?」
ルーフもまた、全く危機感の無い調子で、フラウヒルデの言葉に応じた。
ただし、顔にはちょっと困惑の色が浮かんでいる。
彼には一体何を基準にして、「シグシグ」が駄目なのか理解できなかった。
いや、彼だけに限ったことではないが、どう考えても「シグるん」や「シグりん」と大差があるようには思えない。
ただ1つだけ確かなのは、シグルーンのネーミングセンスはかなり悪いということだ。
まあ、彼女の姉もそのような傾向があったので、もしかしたら遺伝的な要因があるのかもしれない。
「さて、私達も明日の準備があるし、そろそろ失礼しようか。
アイゼ、皆も、明日は死ぬ気で頑張るんだぞ?」
フラウヒルデは無責任にそう言い放つ。
そして再びパタンと、扉が閉まる音を残し、ルーフを伴って部屋から出ていった。
残されたアイゼルンデを始めとする騎士団の面々は、暫し無言でいたが、迫り来る訓練の恐怖に絶えかねたのか、
「「「「「いぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」」」」」
一斉に叫ぶ。
誰のものともしれない、あるいは誰のものでもあるのかもしれない、悲痛な絶叫が騎士団の宿舎に響き渡っていった。




