―旅立つ者達―
アースガル城の騎士団宿舎にある会議室――室内はさめざめと涙する女達の悲しみに支配されていた。
まるで何者かの葬儀会場のようである。
ただ「悲しみ」とは言っても、その悲しみの理由を考えれば、彼女達の態度は少々大袈裟すぎるかもしれない。
だからその「悲しみ」の原因であるとも言える彼女――フラウヒルデ・アースガルは、呆れ顔で呻く。
「……………………いいかげんに落ち着いてくれ」
「で、でもっ、フラウお姉様っ!」
フラウヒルデの言葉に触発されたのか、涙していた女達は一斉に異を唱えた。
「この城から出ていくなんて、そんなっ!
私達はお姉様とお別れするのは嫌ですっ!!」
と、ザンの旅に随行する為に旅立つ、フラウヒルデとの別れを惜しむ声が、絶えることなく上がる。
当初はタイタロス皇王と会談する為に旅立つザン達への壮行会――そんな趣旨で「戦乙女騎士団」の団員達はこの会議室に集まってきたはずなのだが、皆そのことをキッパリと忘れ、彼女達が敬愛してやまない騎士団の団長、フラウヒルデを引き留めようと駄々をこねていた。
ちなみに、本来この集まりの主役であるはずのザンとその連れのルーフは、蔑ろにされていることも気にせず――と言うか、この事態についていけないようで、きょとんとした表情でことの成り行きを傍観している。
「しかし、もう二度と会えない訳ではないのだ。
ちょっとした武者修行だ。
1ヶ月もしたら戻ってくるから……」
「武者修行じゃなくて、外交に行くんですけど……?」
と、途中でルーフの突っ込みが入ったが、フラウヒルデは無視する。
つい本音が出てしまったので、バツが悪いらしい。
彼女にとって今回の旅は、戦うことに重点が置かれているようだ。
「……とにかく、それまで我慢していてくれ」
「でも……でもぉ……」
彼女達はフラウヒルデの言葉を受けてなお、納得する様子が無い。
フラウヒルデは大きく溜め息を吐いた。
「凄い人気だねぇ……」
「騎士団としての恥です……」
隣にいた従姉であるザンに声をかけられて、フラウヒルデは渋面となった。
(そう、昔からこうなのだ、この騎士団は……)
フラウヒルデは、頭痛をこらえるかのように額に手をあてた。
この女性のみで編成された騎士団、「戦乙女騎士団」は、どうも騎士団としての真剣さに欠ける。
勿論、有事の際は皆有能な騎士なのだが、この平時での緩さは今に始まったことではなく、母シグルーンの話によると、団が創設された200年以上も前から、この騎士団の雰囲気はさほど変化してはいないらしい。
200年もの歴史を積み重ねてもなお、伝統や格式と縁が無いのは、異例と言うよりも異常だと言えた。
その原因は団員の大半が、初代団長のベルヒルデを初めてとする代々の騎士団長に憧れて、彼女らを目当てに入団しているからである。
つまりこの騎士団の実情は、ある種のファンクラブだと言っても過言ではない。
特にフラウヒルデは、既に現役を退いている前任者――ちなみにフラウヒルデの姪にあたるアイゼルンデの姉である――よりも人気が高い。
滑らかな銀髪やルビーの如き紅い瞳など、外見的に突出した特徴が彼女の元々整っている容姿を更に際立たせ、その上、180cm近い長身を男装と言えるほど飾り気のない衣装に包み、また性格も勇猛で実直――。
ハッキリ言って、そこら辺の男共よりもはるかに凛々しく、そして美しい。
しかも、世が世ならば一国の姫で、現在も領主と言う身分であり、更に国内屈指の武人でもあるフラウヒルデは、本来ならば近寄りがたい存在であるはずだった。
しかし彼女は、騎士道を追求する姿勢は自他共に厳しいが、それ以外のことでは割と気さくな人柄であり、また、髪型をポニーテール――本人は東方の侍の髷を真似ているつもりのようだが――にしており、そんなわずかに残る少女らしさが女性達に親近感を抱かせている。
だからフラウヒルデの周囲には人が集まってくるし、騎士団への入団希望者もかなり多い。
まあ、その大半は厳しい訓練に打ちのめされ、1ヶ月もしないうちに退団していくが、今ここにいる団員の殆どは、その苦難を乗り越え、フラウヒルデへの憧れの念を維持し続けてきた強者揃いだ。
つまりガチ勢である。
たとえフラウヒルデ本人に何と言われようが、簡単に折れはしないだろう。
「うう……お姉様ぁ。
どこにも行かないでくださいぃ……。
お姉様がいないと『フラウ様親衛隊』として、我々は活動意義を見失いますぅ……!」
「……そんな怪しげな集団は、公式には存在しないはずだが……」
フラウヒルデは本気で頭痛を感じてきた。
非公認ファンクラブの存在を、今初めて知ったのだ。
「……とにかく、これはもう決まったことなのだから、皆も聞き分けてくれ。
そんな訳で、団長の代理は副団長のアイゼルンデに任せていくから……ちゃんとアイゼの言うことをきくのだぞ?」
と、フラウヒルデは騎士団の面々に諭すような口調で告げ、それから同い年ながらも姪にあたる、アイゼルンデに視線を送った。
しかし――、
「嫌ですっ!
だって、アイゼ様って訓練の段取りが悪いんですもの。
団長の代理には相応しくありませーんっ!!」
団員の間からは、次々とブーイングが湧き上がる。
「……ほほぉう?」
アイゼルンデはこめかみの辺りに、怒りマークを浮き立たせた。
顔は紅潮し、生来の赤毛も相俟って、まさに烈火の如く怒っているように見える。
彼女がライバル視しているフラウヒルデよりも、能力を低く見られているのがよっぽど腹に据えかねたらしい。
「私が団長代理に相応しくないと言うのでしたら、団長代理をお祖母様にお願いしますわよ……?」
この城の主の名を出されて、ブーイングはピタリと収まった。
そして、一拍おいて――、
「「「嫌ですぅ――――――――――っ!!!?」」」
団員のほぼ全員が一斉に悲鳴を上げた。




