―斬竜剣士という一族に生まれて―
今回から暫くの間は過去編です。
地図にも記されていない辺境の、とある山脈の麓に、斬竜剣士達の隠れ里はあった。
斬竜剣士――彼らは竜族の統治者・竜王ペンドラゴンが、邪竜を討ち滅ぼす為に自らの魔力と生命力の大半を費やして生み出した最強の戦士達である。
彼ら斬竜剣士の姿は人間に近い。
いや、外見上では人間と明確に区別できる点は、全く無いと言っていい。
彼らはその人間と違わぬ姿の中に、竜族に匹敵する能力を竜王から引き継いでいた。
竜王が何故斬竜剣士を人間の姿に似せて創ったのか、その真意は定かではないが、推測は簡単に成り立った。
それは殊に戦いの技術に関しては、人間が最も優れているからである。
勿論実際の戦闘力は、この世界で最強の身体能力を誇る竜に並ぶべくもないが、戦術と戦略、そして武器の開発とその扱い、それらを人間達は竜達にとってはわずかな時間――数十年から数百年の間で次々と進化させていく。
しかも彼らの勢力拡大の勢いは凄まじく、まるで人体を蝕む癌細胞を思わせるほどだった。
もしも人間の生物的な強靱さが、竜の10分の1ほどにでも及んでいたのならば、竜と人間の勢力は逆転し、人間は世界の覇者と成り得たかもしれない。
それほどまでに人間という種族は、戦いに長けていた。
竜王がそのことに目をつけたとしても、何の不思議は無いだろう。
ともかくこの斬竜剣士の誕生によって、「邪竜大戦」と呼ばれる戦いの趨勢は一変した。
それまでは膠着状態にあった竜族と邪竜族との勢力図は、一気に竜族が攻勢に転じ、長引きつつあった大戦にも、ようやく終結の兆しが見え始めたのである。
もっとも、このまま大戦がその勢いを衰えさせることなく続けば、世界は癒やしがたい傷を負っていただろう。
それほどまでに世界の状況は切迫していたし、だからこそ斬竜剣士の誕生は、世界が望んだ必然だったとすら言えるのかもしれない。
そんなある意味では世界の救世主とも言える斬竜剣士達も、戦いの無い平常時は、普通の人間達とさほど変わらぬ生活を送っている。
その生活の場となるこの里であったが、現在は殆ど人影が見当たらなかった。
いるのは精々30人前後といったところか。
人口が最も多い時には、この10倍近い人々がここで生活をしているが、今この里にいるのは幼い子供とその母親、あるいは戦いに傷つき動けぬ者、それ以外には人型の竜族、竜人が数人いるのみであった。
他の者達は、かつてない大遠征に参加している。
それは邪竜王を討ち滅ぼす為の、最後の遠征だ。
彼らが数百匹の飛竜に乗りこみ、西の空へ――決戦の地へと飛び立っていったのは、10日ほど前のことであった。
里外れの丘の上に、小さな花畑がある。
その花畑の真ん中に、少女はポツンと独りで座り込んでいた。
そこは少女のお気に入りの場所だった。
少女は何をするでもなく、父が飛び去っていった西の空の方を眺め続けている。
空は雲1つない良い天気だ。
少女の名はリザンという。
彼女はいつも孤独だった。
勿論、両親の側にいる時ならば、孤独など感じはしない。
しかしひとたび両親の側から離れると、常に孤独なのだ。
リザンに友達と言える存在は、1人もいなかった。
強いて挙げるならば、母謹製のぬいぐるみ「熊のルーズベルト」や、野生の動物達が数少ない友であった。
人の友に顧みられたことなど、1度も無い。
また、大人達も全くと言っていいほど、リザンのことなど構ってはくれなかった。
いや、その存在を否定すらしていた。
リザンがそれだけ一族の者に疎んじられていた理由は、彼女の特殊な生い立ちに理由がある。
リザンの母であるベルヒルデが、普通の人間だったからだ。
それはベーオルフという1人の斬竜剣士が、邪竜との戦いの最中に立ち寄った国で、ベルヒルデと出会ったことが発端であった。
人間と斬竜剣士は姿こそ酷似していたが、生物としては全く異なる肉体構造の部分も多い。
しかし姿形が似ると、精神的にも似るのだろうか。
2人の間に恋愛感情が成り立ったのだ。
それから様々な事柄を経て、2人は結ばれた。
だが、これを快く思わない者達がいた。
それは他でもない、斬竜剣士の一族達である。
彼らにとっては人間など、ひ弱で低俗な存在でしかなかったのだ。
それでもベーオルフが一族の有力者であった為、ベルヒルデが里に来た当時は、彼女に対して露骨に蔑みの態度を取れる者は殆どいなかった。
ところがベーオルフとベルヒルデの間にリザンが誕生すると、事態は一変した。
一族の者達は種族の違う2人の間に、子供ができるなどとは思っていなかった。
だが、子供は生まれた。
それは竜族の中で囁かれる、「竜王は人間の身体を材料として、斬竜剣士を生みだした」という噂が真実だったからなのかもしれない。
だが噂の真相はどうであれ、最強たる斬竜剣士の血へ脆弱な人間の血を混ぜてしまったことに、一族の者達が大きく反発したことは間違い無い。
このことによって、ベルヒルデへの一族の風当たりは、一気に強まったと言える。
しかしベルヒルデ以上に一族の不満の対象となったのは、何の罪も無い生まれたばかりのリザンであった。
創り出されたばかりの種族である斬竜剣士には、まだ寿命を全うした者はいない。
しかし竜王によって竜と同等の身体能力を与えられている彼らには、寿命もまた竜のそれに匹敵するものが与えられているはずである。
おそらく彼らには、数百年から長ければ数万年もの時間が与えられているだろう。
そんな一族の者達にとって、寿命の短い人間であるベルヒルデは、ほんの少しの時を待てばすぐにいなくなる。
そう考えれば彼女の存在も、少しは我慢できるだろう。
しかしリザンは違う。
彼女も斬竜剣士の血を受け継ぐ以上、これから数百年以上も一族の中に存在し続けるかもしれない。
果たして一族の者達は、それだけの長い年月の間、異分子の存在を許しておけるのだろうか?
また、リザンの容姿にも問題があった。
リザンは母ベルヒルデの容姿を、色濃く受け継いでしまっていたのである。
銀髪で紅い瞳は母親譲りで、一族の共通した特徴である黒い髪と瞳とは著しく異なっていた。
これがリザンの一族の中での異質さを、更に際立たせる結果となっている。
この一見斬竜剣士の血よりも、人間の血の方が色濃く受け継がれたかに見えるリザンに、一族の者達は「脆弱な人間の血の方が我々の血より優れている」という事実を突き付けられたようで、心中穏やかではいられなかったのだろう。
その結果、一族の者達が取った行動は、自らが低俗と蔑む人間の、最も人間らしい行動の1つであった。
――それは、迫害である。
そんな訳で、ザンの本名はリザンです。でも、某作品で男性の名前として使われていたのを見た事がある……。




