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―国の形―

 シグルーンの言葉には、歴史を実際に見つめてきた者が持つ、真実の重みがあった。

 おそらく彼女も、長く続く平和の中で腐っていく人心を、嫌というほど見せつけられ、耐えがたい挫折感を味わったことがあるのだろう。

 それを思うとメリジューヌには、その言葉を否定することなどできなかった。

 

 そんなメリジューヌの心中を察したのか、シグルーンは彼女を励ますような口調で、言葉を続ける。

 

「でもね、現状をより良きものにしようという(こころざし)は、立派なものよ。

 たとえそれが失敗に終わっても、何もしなくたって国の興亡はいつ起きるか分からないものだから、結果は同じだったかもしれないし……。

 

 それに失敗したって、重ねた努力は無駄にはならず、必ず次に生きてきます。

 だから何もしないでいるよりは、自身を信じて理想に全てを懸けるのも、決して悪いことでは無いと思います。

 

 そして、そんな人の邪魔をする(すべ)を私は知りません。

 まあ……、テューポエウス殿の行いによって、少なからず犠牲が出ている以上、私が戦争行為に加担することはできませんが、それでも応援したい気持ちはありますよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 メリジューヌは表情を輝かせて、頭を下げた。

 

「ただ、やはり戦争というものが無いに越したことはない──というのは、両国共通の想いなのではないでしょうか?

 と、言う訳で、丁度ここにはクラサハードの国王もいる訳ですから、その辺を話し合って、できれば休戦協定などを結んでもらえたら嬉しいのですが……」

 

「は、はあ?」

 

 メリジューヌは、間の抜けた声を上げる。

 クラサハードの国王がここにいる──そんなシグルーンの言葉を、一瞬冗談なのかと思った。

 そんな彼女へ向けて一歩踏み出し、頭を下げながら名乗ったのは、この場での立場の弱さの順位を、可愛らしい男の子と競っていた中年の男だった。

 

「クラサハード王国が国王、アルベルト・クラサハードです」

 

「はあ……? 

 い、いえ、メリジューヌ・タイタロスでございます。

 以後お見知りおきを、国王陛下」

 

 メリジューヌは一瞬ポカンとしてから、慌てて姿勢を正し、挨拶をした。

 そんな彼女に対して、アルベルトが熱弁を振るう。

 

「殿下、私は正直申しまして、先程の殿下の『理想国家を(つく)り上げたい』という言葉に感銘を受けております。

 そして、腐敗したアースガル神聖王国を憂いた我が、クラサハードの祖が国を興したように、また誰かが新たな国家を創らなければならない時期が来たのかもしれない──それを実感しております。


 同じことの繰り返しですが、それが時代の流れというのならば、仕方なしと考えている。

 だからもしあなたのお父上が、このクラサハードの地を、本当に安定させることができるというのであれば――それだけの器がある人物と私が確信できたのならば、私は国を明け渡すことも考えましょう」

 

「は…………はあ。

 …………………………正気……なのでしょうか?」

 

 メリジューヌは長い沈黙の後、思わずぽつりと本音を漏らした。

 さすがに相手の正気を疑うのは失礼な話だが、それだけアルベルトの言葉は途方もないことだった。

 立場が違う者から見れば、「売国奴」と(ののし)られ、最悪の場合は誅殺されても仕方がない言動だ。

 普通ならば、国王の口からは絶対に出てはいけない言葉である。

 

 アルベルトは、そんなメリジューヌの反応に苦笑しつつ言葉を続ける。

 

「……殿下が先程指摘された通り、我が国は腐りかけている。

 大きくなりすぎて私の目の届かぬ場所も多く、沢山の難民や貧民を抱えた町が無数に存在しているのも事実だ。

 悔しいが私の力だけでは、どうにもならない。

 私は王の器ではないのかもしれないと、思うこともありますよ。

 だからと言って、王としての責務と精進を忘れたことは無いつもりだが……。

 

 それでも、私以上にこの国の民を本気で救いたいと願い、そしてそれができる能力を持つ者がいるのならば、その人物に国を(ゆだ)ねることが、民にとっても一番良いでしょう。

 民には平安さえ与えてくれるのならば、王は誰でも良いのだから……。

 何も戦争を続けてまで、王や貴族共がクラサハードという国の形にしがみついていても仕方がない。

 それは民が、より苦しむだけだ」

 

「……それだけ民のことを考えておられるのならば、陛下には充分に王の器があると存じますが……」

 

 メリジューヌは感服した。

 しかし、その顔には戸惑いの色もありありと浮かんでいた。


「しかし、本当にそのようなことで、よろしいのでしょうか……? 

 おそらく、様々な問題もあるかと存じますが……」

 

「確かに侵略を受けている国に併合されるとなれば、一部の国民感情を納得させることは難しいでしょうから、最初は同盟なりを結んで民や商業の間で、交流を深めていかなければならないでしょうな。

 時間をかけ、軋轢を生じさせないようにことを進められるのであれば、私には反対する理由は無い。

 

 ただ、貴族共の反発は大いにあるだろうが……。

 それについては何方(どなた)かが、少しくらいは圧力をかけてくれることでしょう。

 結局のところ、この国の実質的最高権力者はその御方なのですから……」

 

「……まあ、そのくらいなら」

 

 アルベルトの視線を受けて、シグルーンはかなり面倒臭そうな様子で頷いた。

 彼女は政治家としては無能なくせに、権力闘争と驕り高ぶることだけは一人前の貴族共が大嫌いだった。

 できれば関わりたくない、と言うのが本音なのだろう。

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