―遠い理想―
メリジューヌの必死に訴える姿を見ていると、誰も彼女の言葉を疑う気にはなれなかった。
唯一疑う者がいたとすれば、それはその言葉を吐いたメリジューヌ本人だったのかもしれない。
彼女の叫びは何処となく、自身に言い聞かせているようでもあったのだから……。
それでも、「全ての民が、平等に平安を得られる理想国家による大陸統一する」――夢物語ともいえる内容だが、それに込められた想いと覚悟は決して夢ではないことが伝わってきた。
少なくともザンには「戦乱に母を奪われて、もうそんな悲しい想いをしなくてもいいような世界を作りあげる」、そんな願いに深い共感を覚えた。
直感でしかなかったが、それだけはメリジューヌの心からの想いであることが分かる。
そしておそらくは、テューポエウスも同じなのではなかろうか。
だとすれば、今回メリジューヌがこのアースガルに訪れたことに、何か邪竜の思惑があるとすれば、その思惑はテューポエウスではなく別の何者かによるものだろう。
「よーく分かった」
ファーブは満足げに頷いた。
「この娘の言葉を聞く限り……そのテューポエウスが、俺の知るテュポーンであっても問題は無いだろう。
どうやらあいつは、それほど変わっていないようだ。
テュポーンは俺と同じように強さの高みを目指していただけで、決して悪い奴じゃなかった……。
いや、あいつの誇り高さは、尊敬に値するくらいだ。
たぶん、あいつは俺達の敵じゃない」
「そうだね。
少なくとも、この娘は悪い子じゃないよ。
ちゃんと仲間を助けに来たし、私と戦っている時も最後まで私を殺すつもりは無かったみたいだった。
大技を使う時は必ず槍の先端を丸めて、殺傷力を抑えていたからね」
「――気付いておられたのですか!?」
メリジューヌは唖然とした。
あの激しい戦闘の最中に、襲い来る槍の先端の状態を確認する余裕があったザンの実力には、心底驚かされる。
(おそらく、私には最初から勝ち目が無かったのですね……。
それに気付くことができなかったのは、まだまだ未熟な証拠ですか……)
だが不思議と、メリジューヌは悔しくはなかった。
自身は全力を尽くしたのだ。
それで負けたのならば、仕方がない。
それよりも、今はザンのその強さに称賛を贈りたい。
メリジューヌは彼女の実力に対しての敬服と、弁護してくれたことへの感謝の念を込めて、静かに頭をさげた。
それにザンは笑顔で応える。
「ほう……」
ファーブはそんなザンの様子に、小さく感心した。
昔の彼女ならば、メリジューヌと邪竜が関係しているという疑惑を払拭できず、彼女を弁護することは無かっただろう。
それどころか激しく真偽を追求し、場合によっては攻撃を加えることすら厭わなかったかもしれない。
それだけザンの持つ邪竜への憎しみは、大きかった。
そしてそれは今も、変わってはいないのかもしれない。
それでも現在のザンは、敵と味方の区別が付かないほど、憎しみに我を忘れてはいなかった。
それは戦いの中に復讐よりも優先すべき別の意義を、見つけはじめているからなのかもしれない。
そんなザンに同意するかのようにシグルーンも、
「私も以前出会ったテューポエウス殿は、悪い御仁だとは思わなかったわよ」
タイタロスが敵対する可能性については、あまり危惧を抱いていない様子で応じた。
ただ――、
「まあ……理想国家でこの大陸を統一するなんて話には、あまり賛成できませんけど……」
その言葉を受けて、メリジューヌの表情に緊張が走る。
「それは……やはり敵対する意志がある……ということなのでしょうか……?」
「敵対するつもりはないわよ。
皇国が一般人の虐殺とか、馬鹿な真似をしない限りはね」
シグルーンはメリジューヌの言葉を否定する。
しかし彼女にとって、共感できない部分があるのも事実であるようだ。
「ただ、理想国家による大陸の統一はね……。
できないとは言わないけど、長続きはしないと思うのよ。
一旦国体が安定した国っていうのは、脆くなるわよ。
たとえ国が豊かでも、軍事力が強大であろうとも、豊かさと平和を長く享受し続けた国民個人個人から腐っていくから……。
それはかつてのアースガルで、私が女王だった数十年の間でも見られたことだし、私の力をもってしても止められないことだったわ……。
そして腐敗した国が、どれだけの惨劇を生むか……。
アースガル神聖王国が滅び、現在のクラサハード王国が建国される為にどれだけの血が流されたか分かる?
結局、国の発展も荒廃も隣り合わせで、どちらかに偏り過ぎてはいけないのだと思うわ。
だから私は、余程のことがない限り国家への過度の干渉はやめたのよ」
と、シグルーンは溜め息まじりに語った。
「………………………………」
メリジューヌは沈黙する。
確かにシグルーンの言葉は、ある面では正しいのかもしれなかった。




