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―皇王の目的―

「こそこそせずに、最初っから正式に使者を立てて情報の開示を求めれば良かったのです。

 そうすれば、私はこのアースガルのあらゆる情報を提供しましたよ。

 別に隠すようなことはありませんから……」


 そんなシグルーンの言葉に対して、

 

((((隠すことが無いなんて、う、嘘だ……))))

 

 と、シグルーンとメリジューヌを除く、その場にいた全員が心の中で突っ込みを入れる。

 娘のフラウヒルデでさえ、「母上は裏で何をやっているのか、分かったものじゃない」と思っていた。

 

「国家の機密を開示するなんて、そんな都合の良いお話があるとは思えませんが……」

 

 懐疑的なメリジューヌの言葉に、フラウヒルデは「その反応は至極当然のことだ」とでも言うように、ウムウムと(うなず)いた。

  

「しかし、実際我がアースガルの兵員も兵器も、現在は皆無に近いですからね。

 そこら辺の情報を開示したところで、お互い損にも得にもならないでしょう。

 問題は母上に、動く気が有るかどうかですが……。

 母上独りで、一国の命運を左右しますからね……」

 

「全く無いわよ、私には」

 

 シグルーンはキッパリと言い放つ。

 それを聞いてアルベルトは、泣きそうな顔となった。

 彼がこの地に訪れた目的は、彼女の誕生日を祝う為だけではなく、苦しくなりつつある戦況を打開すべく、支援を要請する為でもあったようだ。

 

 それを知ってか知らずか、シグルーンは意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 まるで「王としての責任は、自分で取りなさいね」と、言っているかのようだ。

 

「そう……ですか…………」

 

 メリジューヌはまだ釈然としない面持ちながらも、わずかに安堵した様子だった。

 万が一シグルーンが動くようなことになれば、この戦争の様相は一変する。

 なにせ彼女1人で、1国の戦力に匹敵する能力(ちから)を持つと言われているのだから──。

 

「そういう訳ですから、我がアースガルはタイタロス皇国と、ことを構えるつもりはありません。

 なんでしたら、私の言葉が真実であると納得がいくまで、この城に滞在して視察してもらっても構いませんし、その間はあなた達を客人としておもてなししましょう。

 ですから私の意志は、テューポエウス殿によろしくお伝えください」

 

「そ……そうですか、それならば暫くの間、この地に留まり、様子を見させていただきます」

 

 と、メリジューヌはやや拍子抜けした表情で、ペコリと頭を下げた。

 そして顔を上げた瞬間に、ビクリと表情を強張らせる。

 目の前にファーブがいたからだ。

 

「これは……先日の……?」

 

 戸惑うメリジューヌの顔を、ファーブはジッと見つめた。

 彼女は訳も分からずに戸惑う。

 

「あ、あの……」

 

(この気配……あいつに似ているな)

 

「どうしたんだ、ファーブ?」

 

「ファーブニル様?」

 

 ザンやシグルーンに呼びかけられてもファーブは応えず、何事かを深く考え込んでいるようだった。

 だが、考えをまとめ終えたのか、彼はメリジューヌへと語りかける。

 

「1つハッキリとさせておかなければ、ならないことがある」

 

「は、はい」

 

 目玉が喋りだしたことに驚いたのか、メリジューヌの返事の声はわずかに上擦っていた。

 

「お前の父は、テューポエウスと言ったな。

 テューポエウスとは、邪竜四天王が1人テュポーンの別名……。

 そして、お前達親子が100年以上生き続けていることから考えても、テューポエウスは人間ではない。

 おそらくテュポーン本人か、その分身ということになるのだろう。

 お前に自覚があるかどうかは知らんが、今回のお前達の偵察行為が、邪竜絡みではないと保証できるのか?」

 

「ファーブ、この()の父親が、四天王の1人だって本当なのかっ!?」

 

「まず、間違いなく関係はあるな」

 

 ザンは慄然とした。

 テュポーンと言えば、彼女を倒せるほどの能力を持つ存在として、リヴァイアサンが名を挙げた者の1人だ。

 そのテュポーンがこの地を襲うことになれば、どうなるのか――今度こそ生き延びることは難しいかもしれない。

 

 メリジューヌに一同の視線が集中する。

 それを受けて彼女はは怯えたような、それでいて(いか)っているかのような、複雑な表情で叫ぶ。

 

「違います! 

 お父様は竜なんかではありませんっ! 

 人間ですっ!! 

 そして偉大な王ですっ!! 


 ……誰よりも我が民の平安を望んでおられる優しい御方――いいえ、我が国民だけではありません。

 他国の民の惨状も憂い、救済を望んでおられます。

 お父様が何故このクラサハードへ、侵攻をお決めになったか分かりますかっ!? 

 現王政が腐敗し、民を苦しめていたからです!」

 

「……そういえば、チャンダラの貧民街は、確かに酷い有様だったっけ……」

 

 ザンの呟きに、クラサハード国王アルベルトは、きまり悪そうにうつむく。

 彼とてチャンダラを始めとする国内政治の腐敗ぶりを知らぬ訳ではないし、憂いていない訳でもないが、いかに王とて個人の能力には限界がある。

 

 アルベルトはまだ部下に恵まれている方だが、それでも大きくなりすぎた国土全てを完全な善政によって統治するには至っていない。

 シグルーンはかなり特殊な例外であるが、彼女以外にも王の権威が及ばない貴族や団体などが多数存在するのだ。

 

 それらの政敵や民衆との板ばさみになって、アルベルトもなかなか辛い立場にいる。

 だが、やはり国の荒廃の責任は、王に問われるのが常であった。

 

「お父様は虐げられる民を救うべく、そして誰もが平等の幸福を得られる理想国家でこの大陸を統一する為に、日夜戦っているのです。

 それは戦乱によって理不尽にお母様を奪われたから……。

 もうあんな悲しい想いをしなくてもいい世界を作る為に、必死で戦っているのです!

 

 勿論……お父様の起こした戦争は、敵味方の被害を最小に抑えるように心掛けているとはいえ、犠牲が出ているのも確かです。

 ……それでも、お父様はその犠牲よりも、もっと多くの人々を助けられると信じているのです。

 そして一切の罪は全て自らで背負い、償おうとしています。

 そんな人が、邪悪な竜であるはずがありませんっ!」

 

 そう訴えるメリジューヌの閉ざされた両目からは、わずかに涙が溢れ、呼吸は興奮の為か乱れていた。

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