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―千の槍―

 メリジューヌはザンの周囲に円を描くように、消えたり現れたりと転移を繰り返しながら移動する。

 勿論、ザンほどの実力を持つ者ならば、転移先を予測して攻撃を仕掛けることも不可能ではない。

 

 しかし転移が終了し、分子分解された状態から再構成中のメリジューヌに触れてしまえば、2人は融合してしまいかねない。

 それはお互いにとって、致命的な結末となる。

 そんな転移魔法の危険性を知るザンは、下手に動きまわるような愚を犯さなかった。

 

 それを承知の上でメリジューヌは、姿を現しては動けぬ標的(ザン)目掛けて槍の一撃を突き込み、そして次の瞬間には消える。

 そんな作業をただひたすらに繰り返した。

 

 それに対してザンは、回避に専念するしかない。

 この動きが限定される状況下で、下手に反撃を試みれば、槍の一撃を食らいかねなかった。

 ましてや、相手はすぐ消える。

 攻撃を(かわ)しながらの反撃は、まず当たらないだろう。

 

 それでも、この状況はおそらく長続きしない。

 転移を繰り返すメリジューヌの魔力は、いつかは尽きるだろうし、ザンとていつまでもメリジューヌの攻撃を回避し続けることはできないだろう。

 それだけその攻撃は鋭い。

 

(もう少し耐えろ……。

 魔力が尽きる前に、あいつは一気に勝負に出るはずだ。

 その時まで耐えろ!)

 

「……なかなか頑張りますわね……」

 

 メリジューヌは転移と攻撃を繰り返しながら、ザンに語りかける。

 その口調には、わずかな焦りの色があった。

 

(もう少しか……)

 

「正直、あなたがこれほどまでの能力(ちから)を持っているとは、思いませんでした。

 もしや……あなたが『アースガルの魔女』と名高い、シグルーン様ですか?」

 

「いや……シグルーンは私の叔母だけど?」

 

「まさか……。

 それが本当ならば、シグルーン様はあなたよりも更にお強いのでしょうか? 

 シグルーン様以外で、これほどの能力を持つ者が、このアースガルにいるなどとは、私は聞き及んでおりませんが……」

 

「さあ……私と叔母様との実力なら、同じくらいじゃないの? 

 まあ、私が無名なのは認めるけどさ」

 

 そんなザンの言葉に、メリジューヌは危機感を(つの)らせた。

 アースガルには目の前の女性と、同等の力を持つ者がもう1人存在する。

 それが事実ならば、このアースガルは彼女らにとって恐るべき脅威となるだろう。

 下手な大国の軍隊を相手にするよりも危険だ。

 

「……あなたは、一体何者なのですか?」

 

「ザン……。

 竜の天敵だ!」

 

「──!!」

 

 わずかに怯えのこもったメリジューヌの問いに、ザンは短くキッパリと答える。

 そんな彼女の声と眼光には、凄まじい威圧感が込められていた。


 唐突に叩き付けられた威圧感に、メリジューヌは思わず(ひる)み、攻勢に出ているはずの彼女の方が、逆に追い詰められたような気分となる。 

 そしてなによりも、「竜の天敵」――。

 ザンのその言葉に、彼女は強い衝撃を感じていた。

 

(竜……竜の天敵ですって……!?)

 

 自身の存在を脅かすかのように感じられたその言葉に触発され、メリジューヌは一気に勝負を仕掛けることにした。

 

「もう、終わりにしますっ!」

 

 まるで消えかけのランプの、明滅する(あか)りのように、メリジューヌは凄まじい速さで転移を繰り返す。

 そのあまりの速度によって残像が生まれ、あたかも彼女の身体が複数同時に出現しているかのようだ。

 

 しかもその転移は完全に規則性を失い、ザンの背後に現れたかと思いきや、次は右手に現れ、消えたと思いきや、また同じ場所に出現する。

 このようにでたらめな動きでは、最早次の出現場所を予想するのは、不可能に近い。 

 メリジューヌはザンを攪乱させ、一切の防御、反撃を許さぬつもりのようだ。

 

(来る……!)

 

 ザンがそう確信した瞬間、今までにメリジューヌが出現したことが無い場所へと気配が生まれた。

 

「――上かっ!?」

 

 (あお)ぎ見るザンの視線の先では、既にメリジューヌが無数の突きを繰り出す動作に入っている。

 

「はああああああああああーっ!!」

 

 メリジューヌの気合いの声と共に、先程までの多段突きをはるかに凌駕する刺突攻撃の嵐がザンを襲う。

 神槍千嵐突(しんそうせんらんづ)き――メリジューヌの放ったその技は、広範囲に広がり、更に光の槍の穂先を木の枝のように何本にも分裂させて、ザンは勿論のことその周囲の床にも豪雨のように降り注いだ。

 

 しかも上空からの攻撃である為に、ザンには先程までのように後退して避ける道は残されてはいない。

 いかに彼女とて、床に潜り込むことは不可能なのだ。

 

 また、広範囲に穂先が枝分かれしている槍を相手にしては、剣で攻撃の軌道を変えてやり過ごすことも不可能だろう。

 最早、絶対回避不能の突きの連撃。

 千を超える刺突の雨を浴びた床は、砂のように細かく破砕され、さすがのザンも挽き肉と化す以外の道が無いかのように見えた。

 

 だがしかし、破壊されたのは床だけだった。

 そこにザンの姿はおろか、衣服の切れ端すらも見当たらない。

 

「――っ、何処へ!?」

 

「別に使う必要が無いから滅多に使わないけどさ、私にだって使えないことはないんだよね、短距離瞬間移動は」

 

 狼狽するメリジューヌの背後――つまり上からザンの声。

 そして次の瞬間、メリジューヌはその背に衝撃を受けていた。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁぁっー!? うぶっ!」

 

 ザンは両足でメリジューヌの背に降り立ち、そのまま勢いを殺すこともなく落下。

 そしてついには、彼女を下敷きにして床に着地した。

 それで勝敗を決する。

 

「うぐぐ……。

 は、早く背から退()いてはいただけないでしょうか……」

 

「そんな苦しそうにして……まるで私が重いみたいじゃないか……」

 

 いや、実際に重いのだろう。

 常人なら3m近い高さから、直立した状態の大人1人を背に乗せて墜落すれば、まず背骨が折れ、内臓も破裂する。

 つまり、良くて再起不能、悪ければ死だ。


 まだ「退いて」などと言っていられる余裕があるとは、メリジューヌも大したものである。


「とにかく、私の勝ちだよね。

 もう悪足掻きの抵抗なんて、無粋な真似はしないでよ?」

 

 メリジューヌの背に立ったまま、ザンは嬉しそうに勝利宣言をする。

 しかしメリジューヌは、それどころではない。

 

「わ、分かりましたから。

 私の完敗ですから。

 早く降りて……くだ……」

 

 メリジューヌはやっとのことでそれだけを言い残して、ガックリと意識を失ってしまった。

 

「……そんなに重いかなぁ……?」

 

 と、まだ酔いが残っているのか、(とぼ)けたことを呟きながら、首を(かし)げるザン。

 この場にルーフかファーブがいたら、「いいから、早く降りてあげなさい」と、突っ込みを入れたことだろう。


「お!」

 

 その時、今までの騒ぎを聞きつけたのか、この場へと向かう何者かの足音が周囲に反響し始める。

 ザンはメリジューヌの背に座り込みながら、その足音の(ぬし)をのんびりと待つことにした。

 

(侵入者を捕まえたこと、叔母様に褒めてもらえるかなぁ……)

 

 などと考えて、ザンはヘラヘラと笑う。

 やはりまだ、少し酔っているようだ……。

 明日は所用があるので、更新は休む予定です。

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