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―祭りの終わり―

 アースガル城の地下へと続く長い回廊は、夜の闇に満たされていた。

 遠くのパーティー会場からは、人々の賑わいと、ゆったりとした音楽が(かす)かに聞こえてくる。

 かえってそれが、この回廊の静寂を引き立たせているようだ。

 

 その静寂を破らぬように、闇の中をほぼ無音で歩む者の姿があった。

 小柄で細身の身体を、東方を思わせる衣服で包み、手には(おの)が身長とさほど変わらぬ長く細い杖――いや、打撃系の武器である(こん)だろうか――を持つその者は、幼さの残る繊細な顔立ちをした「少女」だった。


 そんな彼女の両目は常に閉ざされており、それにも関わらず、彼女は確かな足取りで迷うことなく()を進めてゆく。

 そんな彼女の名は、メリジューヌと言う。

 

「!!」

 

 メリジューヌは唐突に歩みを止めた。

 進路を塞ぐ影に気付いたからだ。

 

「やあ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」

 

 そう明るくメリジューヌに呼びかけたのは、ザンだった。

 明るい声の調子とは裏腹に、彼女は数ヶ月ぶりに戦闘服を着こんでおり、手には斬竜剣を手にしていた。

 

「………………」

 

 ()せない、と言う表情に彩られたメリジューヌの顔を見て、ザンはニヤリと笑う。

 

「何故来るのが分かったのか、っていう顔だね。

 あんた、この前捕まった仲間を助けにきたんだろう? 

 でも、なかなか来ないからさ、来るなら祭りで街中が浮かれている今日しかないと思ってたんだよ。

 

 まあ、城の警備はこういう時だからこそ強化されるけど、だからこそ『何者も侵入できないだろう』という油断を生む。

 ある程度の熟練者ならば、そこを突いてくるはずだ。

 それに、さっき町の方でボヤ騒ぎもあったらしいしね。

 それが陽動作戦だとしたら、来るのは確実だと思っていたのさ。

 

 私の推測は当たっているだろ? 

 伊達に長生きはしてないからね。

 まあ、危なく寝過ごすところだったけど……」

 

「……………………」

 

 メリジューヌは(もだ)したまま答えない。

 だが、その沈黙こそが肯定の証だった。

 

「彼らは……無事なのでしょうか?」

 

「ああ、拷問部屋送りにされそうになったけど、ルーフの口添えで今のところは無事だよ。

 ただ、未だにこの城を偵察していた理由を吐かないから、いずれは力ずくで聞き出すことになるだろうね」

 

「……では、早く彼らを連れ出した方がよろしいようですね」

 

 そう呟くメリジューヌの体勢は、先程から殆ど変わりない。

 しかし彼女の身体中の筋肉が、いつでも動けるように緊張していくのが、ザンには分かった。

 

「逃がす訳にはいかないね。

 勿論あんたもだ。

 あいつらは普通の人間だったから、邪竜がらみじゃなくて何処かの国の諜報員(スパイ)なのかもしれないけど……。

 それでも隠密行動を取ってこの城を偵察すること自体、このアースガルに少なからず敵対する意志があるってことだ。


 もしも、そうじゃないって言うのなら、正式に使者を立てて、詳しく事情を説明するんだな。

 あとは国家同士の協議次第で捕虜は解放するし、今あんたを見逃してやってもいい」

 

「……使者を立てて済むことなら、最初から隠密行動は取りません……。

 あなたの言う通り、我々はアースガルと敵対する可能性も想定して活動していますから……。

 勿論、必ずしも敵対する訳ではありませんし、むしろ同盟を結ぶこともありえます。

 ……が、この状況ではそんなことを申し上げても、通じないでしょうね」

 

 と、言いつつ、メリジューヌは棍を構えた。

 

「ああ、あんた達の意図をハッキリとさせないない限り、この話は決着しない。

 その為にはまずあんたを捕らえて、詳しい話を聞くのが一番手っ取り早い」

 

 そして、ザンも剣を上段に構える。

 

「仕方がありません。

 私も捕まるわけには参りませんので、少々乱暴な手段を取らせて頂きます」

 

 突如、メリジューヌが手にしていた棍の先端に、青白い光が(とも)り、その光は槍――いや、どちらかと言えば、薙刀の穂先に近い形状へと姿を変えた。

 

「……珍しいな、魔法の武器か」

 

 ザンは目を見張った。

 魔法の力を宿した武具は希少ではあるが、確かに存在する。

 かくいうザンの斬竜剣も、その一種であった。

 それらの武具は使用者の意志によって特定の魔法効果を引き出したり、あるいは通常の武具よりも桁違いの攻撃力・耐久力が付与されていたりと、その能力は千差万別である。

 

 ただ、総じて言えるのは、当然のことながら武具としての性能が高く、戦闘が素人同然の人間であっても、その武具を身に付けることによって、高い戦闘力を有することが可能な点だ。

 その武具の能力次第では、時として幼い少年が巨人に打ち勝つことすらできるという。

 熟練者が使用すれば、その戦闘能力は更に凄まじいものとなるだろう。

 

 無論、ザンの持つ斬竜剣の方が、メリジューヌの武器よりもはるかに高い性能を誇っているはずだが、油断は禁物である。

 事実──、

 シュンと、メリジューヌは唐突に槍を突いてきた。

 

(意外と速い!)

 

 ザンは内心で小さく驚きつつも、後方に跳んでその槍の攻撃範囲内から逃れた――が、

 

「うわっ!?」

 

 光で形作られた槍の穂先は形状を長く伸ばし、ザンに肉薄してきた。

 ザンは身体を捻り、ギリギリのところでその一撃を躱す。

 だが、メリジューヌの攻撃もそこでは終わらない。

 彼女は槍を突き切った態勢から、今度は自身を中心として円を描くように槍を薙ぎ払った。


 ザンは床に伏せて、その攻撃をやり過ごす。

 頭上を凄まじい勢いで槍が通り過ぎ、彼女の銀髪が幾本か千切れ飛んだ。

 そしてまだ起き上がる態勢を整えていないザンへと向けて、メリジューヌは更に次々と槍を突く。

 

 ザンは身体を床に転がしてその突きから逃れるが、その後を追うように槍が床に穴を穿(うが)っていく。

 

「っああっ!」

 

 ザンは転がる身体に勢いを付けて飛び起きると同時に、まだ止まらぬ身体の回転を利用して、メリジューヌ目掛けて剣を振り抜いた。

 そういえば、メリジューヌのモデルについては説明したっけ? フランスの伝承にある「メリュジーヌ」です。「ュ」の位置がちょっと違います。モデルは半人半竜って感じですが、本作では人の姿のままです。

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