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―贈り物―

「それでさ、お前も誕生日だったんだろ? 

 それでこの先に必要になると思ってさ……。

 プレゼントを兼ねて、こんなのを買ってきたんだけど……」

 

 ザンは照れ臭そうに、ルーフへと小さな箱を差し出した。

 ルーフはまさかプレゼントなど貰えるとは思っていなかったので、ちょっと戸惑ったが、それでも嬉しそうに箱を受け取る。

 

「あ、ありがとうございます。

 そっかぁ……用があるって、これを買うためだったんだ。

 ……開けますよ?」

 

「うん」

 

 ルーフが箱を開けると、中には古ぼけた円形の金属板が入っていた。

 その赤銅色(しゃくどういろ)の表面には、何やら複雑な文様が刻み込まれており、更に本物なのかどうか、彼には判別できなかったが、いくつかの宝石もはめ込まれていた。

 

守護符(アミュレット)ですか?」

 

「うん。

 なんでも、とある古代遺跡から発見された物らしくって、すっごく貴重な品なんだってさ。

 それを身に付けているだけで、あらゆる災厄から身を守ってくれるし、魔法を使う際には、魔力を増幅してくれる効果もあるんだとか。

 ルーフにはピッタリだろ?」

 

 何故か自慢げに語る――良い買い物をしたと思っているのかもしれない――ザンの言葉を聞きながら、ルーフは彼女に悟られないように小さく眉根を寄せた。

 

(な、なんか……胡散臭い……)

 

 おそらくザンは、そこら辺の露店でこの守護符を買ってきたのだろう。

 だが、露店などで売られているこの手の品は偽物である場合が多く、そのくせ割高である。

 勿論、割高といっても本物の金銭的価値から比べればゴミのような値段ではあり、せいぜい銀貨1枚程度の値だろうが、それでも偽物に払う金額としては高すぎる。

 まあ、ちょっとしたアクセサリーとしてならば、妥当な値段ではあろうが……。

 

「これ……いくらしたんですか?」

 

 失礼と思いつつも、ついつい守護符の値段を聞いてしまうルーフ。

 そんな彼の質問に、ザンはあっけらかんとして答えた金額は――、

 

「金貨10枚だったかな」

 

 衝撃的なその額に、ルーフは思わず「ブウウーッ」と飲みかけの水を勢い良く噴き出した。

 

「うわあっ!?」

 

 飛沫(しぶき)を多少浴びて、ザンはたじろぐ。

 周囲の客も、何事かと彼女らに視線を向けた。

 

「きっ、金貨10枚っ!?」

 

 ルーフは驚愕しきった表情で問い返した。

 しかし、彼の驚きも当然であろう。

 護符の値段が予想していた百倍の値だったのだから無理もない。


 金貨10枚と言えば、下手をすると庶民層の月間所得にも匹敵する。

 それだけの大金がこの小さな護符にかけられているのかと思うと、ルーフは意識がブラックアウトしそうだった。

 護符を凝視したまま顔面を蒼白に染めている彼を、ザンは(いぶか)しんだ。

 

「どうしたんだよ、一体……?」


「あの……ザンさん? 

 祭りの露店で売っているこの手の品って、大抵偽物ですよ?」

 

「ええっ!?」

 

 おずおずとしたルーフの言葉に、ザンは驚愕する。

 

「しかも、大抵銀貨1~2枚の値段です……」

 

「ええええっ!?」

 

「…………………………………………」

 

 そして、2人の間に長く重い沈黙――――。

 

「ゴ、ゴメン!

 すぐに本物と取り替えてくるっ!」

 

 慌てて席を立とうするザンを、ルーフは引き止める。

 

「待ってください。

 たぶんその露店は返品されないように、もう何処かへ移動していると思います。

 いや、売り上げとしてはもう充分だから、店仕舞いしているんじゃないかな? 

 大体、ザンさんは、相手の顔を憶えていますか?」

 

「…………憶えてにゃい」

 

 ザンは静かに席に座り直した。

 人付き合いがあまり得意ではない、というか、対人恐怖症の()もある彼女は、親しくもない人間の顔をマジマジと見ることが殆ど無い。

 当然、人の人相を記憶することも苦手だった。


 まあ、必要に迫られれば普通に会話などをすることも可能なのだが、その必要が無ければ、ルーフに押しつけることもしばしばだった。

 ちなみに、子供の相手は割と平気らしく、だからこそ今現在のルーフとの関係を築けることができたと言っても過言ではない。

 

 ともかく、飼い主に叱られた仔犬のように、どんどんと顔色が暗く沈んでいくザンを見て、ルーフは慌ててフォローを入れる。

 

「でも、まだ偽物だと決まった訳ではないですよ。

 金貨10枚なんて値段を堂々と付けるなんて、逆に本物であることの証明かもしれないですし。

 本物なら、確かにこのくらいの値段はするでしょうから……」

 

「うううぅぅぅ…………」

 

 ルーフの言葉にザンは、更にションボリと小さくなってうつむいた。

 

「元気をだしてくださいよ。

 これ、きっと本物ですよ。

 それに、ザンさんが僕の為に選んでくれた物なんですから、本当に嬉しいですよ。

 大切にしますから」

 

 ルーフはザンの気持ちが嬉しかった。

 だから、守護符の真贋(しんがん)など彼にとってどうでもよく――金貨10枚はさすがに看過しがたい問題ではあるが――たとえこの護符には何も力が無くても、そこに込められた彼女の想いには力があると思う。

 少なくとも、その想いが彼の心を支えてくれることもあるだろう。

 

 そして心の支えの有無で、生死を分けるような状況に陥ることもある。

 だから持つ者の気持ち次第で、偽物の御守りは本物以上の効力を持ち得るのだ。

 ルーフは守護符を首にかけ、嬉しそうに笑った。

 

「ルーフ……」

 

 そんなルーフの様子にザンも元気づけられたのか、わずかに表情を明るくした。

 

「でも、もう少し物価の相場とか、一般常識は勉強してくださいね?」

 

「…………ハイ」

 

 ルーフに諭されて、素直にペコリと頭を下げるザン。

 

(自分はこの200年間、何をしてきたんだろう……)

 

 と、ザンは思う。

 ただ戦うばかりで、それ以外の事柄に目を向ける余裕を、殆ど持てずに過ごしてきた。

 それは随分と時間を無駄にしてしまったのではないか──、という気がする。

 

 勿論、まだ戦いを()める訳にはいかないだろう。

 でもこれからは、ただ戦うだけの生き方は止めようと思う。

 そのことに気付く機会を与えてくれたルーフに、ザンは心底感謝していた。

 あの胸の傷痕が消えていなければ、まだこんな考え方はできなかったかもしれない。

 

(本当に……ルーフに助けられっぱなしだな……最近の私は)

 

 ただ、ルーフ達に迷惑をかけて済まないと思う反面、不思議と心地好い感覚をザンは抱いていた。

 全幅の信頼をおいて頼ることのできる人間がいるということは、実は大変に恵まれていることなのだ。

 そんな当たり前のことを気付けない者は、少し前の彼女を含めて意外と多い。

 

 そのことに気付き始めているザンは、また1つ幸運を手に入れようとしているのかもしれない。

 

「あっ、料理が来たみたいですよ、ザンさん」


 それから暫しの間、2人はちょと軽めなオヤツを堪能するのであった。

 その他の客が、2人の旺盛な食欲に奇異な視線を(そそ)いでいたのは、言うまでもないだろう。

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